【連載】さっぱり分からん暗号資産(3)ビットコインの歴史(2)交換と買物
昨日に続いて、7月19日の22時〜22時30分に、NHK総合で放送された、
21世紀の複雑社会を超定義「暗号資産(仮想通貨)を超定義の巻」
という番組の感想と備忘録。
昨日に続いて、ビットコインの歴史の話題。
- 当初、ビットコインのマイニングはサトシ・ナカモト一人で始められたが、しだいに参加者が集まるようになった。そのうちの1人に、ハル・フィニーが居た。リンク先にも記されているように、この人は1956年5月4日生まれで私とほぼ同世代。多彩な能力と趣味をお持ちだが、2014年に死去。遺体は、アルコー延命財団によりマイナス196℃でで凍結保存されているという。ウィキペディアでは「2009年1月、彼はビットコインネットワークの最初の取引受取人となった。取引量は10BTC。」と記されている。
- ビットコイン誕生から9カ月後の2009年10月12日、フィンランドの当時大学生のマルティ・マルミ(Martti Malmi)が、5050BTCのビットコインを「ニュー・リバティ・スタンダード」と名乗る個人もしくは団体に、約5ドルで交換。この5ドルはマイニングにかかった電気代の実費。この交換は、「ビットコインがリアルなお金と初めて交換された歴史的な出来事」とされている。なお、ネットで検索したところ、こちらに、「Bitcoin.orgドメインは、Bitcoin開発プロジェクトの初期メンバーであるSatoshi Nakamoto(サトシ・ナカモト)氏とMartti Malmi(マルティ・マルミ)氏が登録・所有していたものであり、現在は初期メンバーの所有物ではなくなっています。」という関連記事があった。そのほか、こちらには、「ビットコイン初期開発者、13億ドルのビットコイン失うも「後悔はない」」という記事もあった。
- 続いて紹介されたのは、ラズロ・ハニエツ(Laszlo Hanyecz)というアメリカ出身のプログラマーであり、画期的なマイニング手法を編み出し、サトシから注意されるほどコインを荒稼ぎしたという。このラズロ・ハニエツは2010年5月22日、1万BTCでピザを配達してくれないかとMLに投稿したところ、4日後に奇特な人から2枚のピザが届けられた。このピザの価格1万BTCは、1BTC=400万円で換算すると200億円の買物ということになる。この5月22日が、世界で初めて、ビットコインで買物が成立した日であり、「ビットコイン・ピザデー」と呼ばれている。
ここからは私の感想になるが、8月10日にも述べたように、私はかねがね仮想通貨は紙幣類似証券取締法に違反することはないのか?という疑問を持っていた。しかし、上掲までの段階では、ビットコインは一種の「宝石」のようなものであり、第三者がその「宝石」を欲しがって対価を支払ったとしても、それだけでは宝石=通貨ということにはならない。また、その「宝石」でピザを手に入れるというのも、「宝石」と「ピザ」との物々交換であって、必ずしも「通貨の行使」ということにはならないように思われた。
子どもが小さい頃、スーパー・ファミコンのRPGにハマっていた時期があったが、あの頃のRPGには、HP、MPといったポイントや、さまざまな武器、防具のアイテムがあった。最近はオンラインゲーム等はいっさいやっていないので、私にはスーファミ時代の概念しか知識がないが、ああいうHPとかアイテムを第三者が買い取ることができれば、これまたビットコインと同様の物々交換になるのではないかと思われる。
次回に続く。
|