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半田山植物園で見かけたホシミスジ。近縁種にコミスジ、ミスジチョウ、オオミスジがあり、見分けるのが難しい。こちらの情報から判別した。 |
【連載】チコちゃんに叱られる!イマイチ納得できない「学校の怪談」現象 7月7日(金)に初回放送された表記の番組についての感想・考察。この日は、
学校の怪談がどの学校にもある理由については、放送では「友達と仲良くなれるから」と説明された。 こども文化を研究している吉岡一志准教授(山口県立大学文化創造学科)によれば、学校の怪談は子どもたちにとって大切なコミュニケーションツールになっている。怪談にはコミュニケーションツールになりうる3つの要素がある。
放送では、今の小学生がどのような怪談で盛り上がっているのか現役小学生100人に聞いた上で選ばれた3話が紹介された。
さて、解説者の吉岡先生は、教育社会学がご専門であるようだ。ネットで検索すると、 ●『子どもはなぜ「学校の怪談」を語るのか:アンケート調査による抑圧説の検証』、山口県立大学学術情報, 2013-03, 6, 33-38. という論文があることが分かった。この論文は大学のリポジトリーから無料で閲覧することができる。但し、ブラウザは珍しくFirefoxに限定されており、また、階層が分かりにくくなっていた。 さらに検索すると、 ●『子どもが語る「学校の怪談」の内容分析 子どもは学校制度による「抑圧」に抵抗しているのか』、子ども社会研究, 2013, 19. 63-75. ●『学校の怪談』はいかに読まれているか ―小学生へのアンケートをもとに―』、子ども社会研究、2008, 14. 129-141. さらに、一番新しそうな論文として、 ●『「学校の怪談」ブームの社会的背景:恐怖のパラドックスの心理学的理解に基づいて』、山口県立大学基盤教育紀要, 2023, 3, 97-106. があり、引用文献リストから関連論文を探すこともできるようになっていた。最新の論文の要旨部分を引用させていただくと、以下のようになる。 本研究の目的は、1990年代に生じた「学校の怪談」ブームの社会的背景を、「恐怖のパラドックス」に関する最新の心理学的研究を踏まえて検討することである。これまで、子どもたちが怖い話を求める理由は、思春期における危機の克服と説明されてきた。しかしながら、近年の心理学研究では恐怖と楽しみの同時活性化モデルが提案されている。このことを踏まえ、現代社会では、子どもが恐怖を楽しむことが、認められていないことを指摘した。結論として、子どもたちの生活から恐怖を経験する機会が奪われていることを「学校の怪談」ブームの社会的背景として説明した。 ここからは私の感想・考察になるが、まず私自身は小学校や中学校で『学校の怪談』なるものを耳にしたことが一度もなかった。なので、そもそも「学校の怪談がどの学校にもある」という前提に疑問を持たざるを得ない。じっさい、「学校の怪談」ブームというのは1990年前後に起こったということだが、1990年といえばまだ子どもたちが小さかったころで、子どもたちから話を聞ける状況にも無かった。『トイレの花子さん』などはマスコミが騒ぎ立てて拡散したようにも思える【口裂け女はもっと古いらしいが、これは学校の怪談とは別だろう】。 いずれにせよ、「学校の怪談」は一般に広まっていたとしても、軽い噂話の域を超えることはなく、冒頭に挙げた3つの要素のうちの1つ「側坐核も刺激されてβエンドルフィンという快楽ホルモンが出る」というほどの恐怖レベルには達していないように思われる。βエンドルフィンが出るレベルというのは、ハリポタの学校で起こったような恐怖レベルではないだろうか。 ということで、私が支持できるのは、残りの『怖いけど安心』説と『秘密の共有』説のあたりかと思う。また、子どもたちの会話の中では『学校の怪談』だけが別格扱いで取り上げられることはなく、クラスメートの噂話、ちょっとエッチな話、テレビで視た怖い話、などと混ざり合って時たま盛り上がるだけではないかと思われる【聞き取り調査を行う時に怪談話だけに話題を絞ると、回答行動が怪談に誘導されてしまう恐れがある。これでは子どもたちの自然な会話を研究したことにはならない。もし質問するならば、友だちの噂やエッチな話などと並列しながら聞き取る必要がある】。 『学校の怪談』は当事者への聞き取りで分析されることになるが、1990年前後になぜブームになったのかを今から明らかにすることは原理的に困難であろう。また、今の小学生に聞き取りを行っても、何十年も前の時代背景の異なる過去の現象を解明することはできないように思う。 次回に続く。 |