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【連載】ヒューマニエンス「“虫” 地球のもうひとつの主人公」(3)フェロモンと化学物質検知、集合知の過大解釈 昨日に続いて、6月19日に初回放送された、表記の番組についてのメモと感想。 放送では、過去・現在の視点から未来へと視点が映され、虫の能力を人類に役立てようという話題が取り上げられた。 最初に紹介されたのはカイコガであった。カイコガのオスはふだんはじっとしていて殆ど動かないが、フェロモンを感知すると突然動き出す。カイコガは特定のフェロモンだけに正確に反応する。いっぽう哺乳類の嗅覚はさまざまな物質を感知するが、特定の物質だけを選択的に嗅ぎ分けることは難しい。 神崎亮平さん(東京大学先端科学技術研究センター前所長)は、カイコガの触角を基板に取り付けたドローンを開発した。このドローンはフェロモンを検知するとその場所に近づくように飛行する。カイコガ以外の昆虫でもそれぞれ特異的な物質に反応するセンサーがある。センサーの実態はタンパク質であるため、その遺伝子が分かれば人工的にタンパク質(嗅覚受容体)を作ることができる。フェロモンに反応したセンサーのところに他のものを入れることで様々な物質を検知できるセンサーが開発できると期待される。大規模災害での生存者発見、空港での麻薬捜査、地中のトリュフ発見などのほか、将来的には癌を早期発見したり、遠方の火災を見つけたりするといった応用ができるという。 放送の終わりのあたりでは、虫の「集合知」の話題が取り上げられた。まず紹介されたのは、イスラエル・ワイツマン科学研究所で行われたアリのエサ運び実験であった【こちらに画像と動画あり】。実験によれば、障害物がちりばめられた迷路のような場所【迷路と異なりアリは自由に行き来できるが、エサは大きなリング状になっていて特定の経路を通らないと運ぶことができない。 こちらの動画から分かるように、エサを運んでいるアリ以外に、運ばないアリもたくさんいる。運ばないアリはどこを通ったらいいのかという情報を運んでいるアリに伝えており、みんなで問題解決に取り組んでいると説明された。 佐々木哲彦さん(玉川大学)はミツバチの脳に注目した研究に取り組んでいる。ミツバチの脳の重さは0.001グラムでヒトの脳の100万分の1にも満たない。しかし、ミツバチには個体レベルを超えた集団全体の脳のネットワークがあり無駄なく機能する集合知の導き方を持っているという。ミツバチの分蜂では女王バチが別の引っ越し先を見つける必要がある。蜂たちはちりぢりに飛んでいき、新しい候補地に行った時に自分の仲間が何匹いたのかで評価をする。この下見を何度も繰り返して候補地を絞り込み、最終的に90%の個体が選んだ場所に移動が決定されるという。個々の脳は小さいが集団としては1つの大きな脳のように働いている。 こうした集合知は、「個々の意思決定が全体の結果になる」という点で民主主義の原理に似ているが、個体よりも自分の遺伝子を残すことを最優先にしているという点で違いがあると論じられた。これに関連してネットワークの時代におけるDAO(分散型自立組織)のメリットに言及された。 ここからは私の感想・考察になるが、今回の放送の範囲では「集合知」の話題が特に興味をひいた。但し、心理学で扱われている「知性」、「問題解決」、「意思決定」などの話題と、アリやミツバチの意思決定プロセスをアナロジカルに結びつけるのは危険であると思う。例えば、山の斜面に降った雨水はいくつかの谷を通って平野に流れ、幾筋もの川はやがて1本の大河になっていく。しかし、流れる水には知性があるわけではない。地盤が軟らかくより大量の水が流れる場所では川底が削られてさらに多くの水を呼び込み、結果として大河になるだけである。アリの経路探索の実験でも、より幅の広い道は結果的により多くのアリが通ることでより多くのニオイがつけられる。そうするとニオイの多い方向に進むことで結果的に最適な経路を辿ることができるようになる【自然に踏み固められた山道も同様】。もちろん、上掲のように「エサを運ばないアリも問題解決に貢献している」ということは言えるとは思うが。 |