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半田山植物園で見かけたセミの抜け殻。梅雨明け間近ということもあり、抜け殻の数が増えてきた。7月13日現在では、
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【連載】サイエンスZERO「跳躍的進化のカギ!?生物の“盗み”戦略」(2)チドリミドリガイ、キンメモドキ、生物複合体という視点 昨日に続いて、7月2日初回放送の、NHK『サイエンスzero』、 ●跳躍的進化のカギ!?生物の“盗み”戦略 についての感想・考察。 昨日までのところは「遺伝子を盗み取る」という話であったが、これに加えて放送では遺伝子ではなく個体レベルで他の生物の機能を盗み取る例が紹介した。 前田太郎さん(慶應義塾大学)が研究しているチドリミドリガイ(ウミウシの一種)は、動物でありながら光合成ができる能力を持っている。じっさいチドリミドリガイを海水と一緒に試験管に入れて光に当てると、試験管の中に酸素の気泡ができることから確認できる。しかし、この例では光合成をする遺伝子は見つからなかった。前田さんは研究を重ねた結果、遺伝子の働きではないと考えた。チドリミドリガイを解剖すると大量の葉緑体が確認できる。これは藻を摂取することで葉緑体を取り込んだ結果である。「葉緑体を食べる」というだけでは数日しか光合成ができないが、チドリミドリガイは長いと10カ月も光合成を続けることができるという。その仕組みは、次のような仮説で説明された。葉緑体は過剰に光を浴びると活性酸素を作り出し光合成に必要な物質を壊してしまうが、チドリミドリガイは光合成を行う部位で抗酸化作用があるタンパク質を作り出すことで、発生した活性酸素がもたらす害を防いでいるというものであった。 スタジオゲストの重信さんによれば、葉緑体はたくさんの部品から構成される非常に複雑な装置であり、このような複雑なマシンを作るためにはたくさんの遺伝子が必要となる。それが正常に働くためにはさらにたくさんの遺伝子が必要である。遺伝子を1つずつ改変して進化させていくことに比べると、丸ごとできあがった葉緑体を盗んでくるわけなので非常に手っ取り早い。ある企業が新たな事業を展開しようとした場合、もっとも手っ取り早いのはすでに成功している企業を丸ごと買収することであるが、チドリミドリガイの仕組みはそうした企業活動に例えることができると説明された。 重信さんによれば、私たちの食事も広義の「盗み」に相当する。例えば私たち動物は、自分では合成できないいくつかの栄養素(必須アミノ酸、ビタミンなど)を食事から摂取している。但し、アミノ酸やビタミンというのは小さくて比較的シンプルな化合物であり、チドリミドリガイがやっている葉緑体のような大きくて複雑なものを丸ごと盗んでくる点とは違っている。 今のところ、「丸ごと盗む」ことをやっている動物はそれほど知られていないが、これはそもそも生物学習がそういった視点で生物を見ていなかったためとも考えられる。こういった生物の相互作用の視点で世界を見ていくと、新たな例が見つかってくるのではないかと期待される。 放送の終わりのところでは、沖縄周辺で見られるキンメモドキの生態が紹介された。キンメモドキは暗がりで自分のお腹を光らせることができる。この発光により、月夜でできる自分の影を見えにくくすることができ、天敵から身を守っていると説明された。キンメモドキの発光の仕組みは最近になって別所-上原学さん(名古屋大学)によって解明された。それによれば、キンメモドキは、発光タンパク質を持っているウミホタルを食べることでそれを取り込んでいる。もっともただ「食べる」だけでは発光タンパク質は消化されてしまって本来の機能が失われるはずである。しかしキンメモドキは、他の多くのタンパク質は分解する一方で発光タンパク質だけは分解せず体に取り込むことができる。なぜそれができるのかについては今まさに分析中であるという。 このキンメモドキの仕組みが解明されることは医療にも大いに役立つと期待される。例えば糖尿病治療に必要なインスリンは、口から摂取しても分解されてしまうので注射が用いられているが、将来、飲み薬として投与できる可能性がある。また、タンパク質由来の薬を必要とされる部位まで分解されずに運ぶ技術としても応用可能。もっと広くバイオテクノロジーという観点で見ると、遺伝子を操作することなく、別の生物の機能を丸ごと取ってきてそれを使うことができるという点で、ゲノム編集にプラスした新たな手段をもたらすと期待される。 最後に、重信さんからは、 生物はそれひとつだけでは独立して生きることはできない。常に周りのいろんな生物との相互作用の中で生きている。まさに生命複合体といった様相を呈している。いろんな生物の相互作用を全体的に捉える、こういった視点が非常に重要。とまとめられた。 ここからは私の感想・考察になるが、まず、チドリミドリガイについては、葉緑素を保有して光合成を行うことにどういうメリットがあるのかが分からなかった。さっそくBingに尋ねたところ、 チドリミドリガイは、光合成を行うことで、飢餓に対する耐性を向上させることができるという研究結果があります1。また、光合成は光エネルギーから有機化合物を合成する反応であり、陸上植物や藻類と一部の細菌が有するものです2。チドリミドリガイは、葉緑体によって光合成を行うことができるため、光合成によって得られる有機物質を利用することができると考えられます2。という回答をいただいた。「光合成によって得られる有機物質を利用する」というのは「光合成によって獲得されたデンプンを自分で食べることでしょうか?」とさらに尋ねたところ、 はい、その通りです。チドリミドリガイは、光合成によって得られる有機物質を利用することができます1。光合成で得られたデンプンを自分で食べることができるため、飢餓に対する耐性を向上させることができます1。という回答をいただいたが、自分で作ったデンプンを食べることができるのかについては出典が不明確で疑わしいように思われた。 仮に葉緑体を持った脊椎動物が出現したとすると、自分の羽毛やシッポに葉緑体を保有して光合成を行い、飢餓に瀕した時はその羽毛やシッポを囓ることで「自給自足」が可能ということになりそう。 今回紹介されたチドリミドリガイやキンメモドキは、あくまで他生物の機能の一部を奪い取るというものであり、この場合、盗まれたほうの生物(チドリミドリガイであれば藻、キンメモドキであればウミホタル)は死滅してしまう。消化器内で微生物を飼育して自らの生命維持機能を保つということであれば、多くの動物がすでに実行しているように思われる。例えばウシは、 前胃に、草の繊維(セルロースなど)を分解(化学分解)する細菌類(バクテリア)および繊毛虫類(インフゾリア)を始めとする微生物を大量に常在させ、繊維を吸収可能な状態に変えさせ、収穫するようにそれを吸収するという方法で草を"食べている"。前胃の微生物を総じて胃内常在微生物叢などというが、ウシはこれら微生物の殖えすぎた分も動物性蛋白質として消化・吸収し、栄養に変えている。という生活をしており、微生物と共生、もしくは体内で微生物を飼育してそれを食べているとも言える。 牛ほどではないが、人間の腸内にも大量の腸内細菌が棲息しており、彼らの機能に頼らなければ生きていくことはできないとさえ言われている。 「盗み」とは異なるが、これらも「生物複合体」という視点に含まれるものであろう。 なお、遺伝子レベルでの「盗み」と、摂食などを通じて獲得される個体レベルでの「盗み」はあくまで区別していく必要があるだろう。後者の場合、獲得された特徴はあくまで一代限りとなるはずだ。例えば葉緑素を含まないエサばかり食べていたチドリミドリガイは光合成を行うことができないし、ウミホタル以外の微生物を食べていたキンメモドキは光ることができない。もっとも、チドリミドリガイが活性酸素を抑える物質を作る機能、あるいはキンメモドキが発光タンパク質だけを消化・分解せずに体内に保有できる機能はそれぞれ遺伝子由来の性質である可能性がある。じっさい我々は、藻をいくらたくさん食べても「光合成人間」になることはできないし、ウミホタルをいくらたくさん食べても「発光人間」になることはできない。 |