じぶん更新日記・隠居の日々
1997年5月6日開設
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 半田山植物園・睡蓮池で、ヒツジグサの仮種皮に覆われた種が水面を漂っているところを観察することができた。こちらの動画によれば、白い仮種皮は数日で腐って溶け、その中に包まれていた種は水底に沈むという。

2023年7月20日(木)




【連載】ヒューマニエンス「“超・変異” 次の進化をたくらむDNA」(3)ピカイア、全ゲノム重複、大野乾

 昨日に続いて、4月10日に初回放送された、NHK『ヒューマニエンス

●「“超・変異” 次の進化をたくらむDNA

についてのメモと感想。

 放送の後半ではスタジオゲストが交代し、まずは「すべての遺伝子が倍になる!」という話題が取り上げられた。およそ5億年前のカンブリア紀に、体長5cmほどの大きさのピカイアという生物が海中を漂っていた。ピカイアは、脊椎動物の祖先であるとされ、後に、鳥類、は虫類、ほ乳類へと進化した。ピカイアがこれほど多様に進化できたのは、『全ゲノム重複』に関わる突然変異が関わっていることが見えてきた。
 後半のスタジオゲストとしても登場した牧野能士さん(東北大学生命科学研究科)によれば、生物はだいたい2万くらいの遺伝子を持っているが、全ゲノム重複が起きるとすべての遺伝子が倍になるので4万もの遺伝子を持つことになる。
 放送によれば、ピカイアが脊椎動物に進化する間に、全ゲノム重複が2回起こっており、同じ遺伝子を合計4つ持つようになった。全ゲノム重複を経験していないショウジョウバエのHox遺伝子(体のパーツを作る働きをする遺伝子)をヒトと比較すると、ショウジョウバエではHox遺伝子が一組しか存在しないため、わずか8個の遺伝子で体のパーツを作る役割を担っている。そのため、1つでも遺伝子が欠けると体に必要なパーツを揃えることができない。いっぽう二度の全ゲノム重複を経験した人ではHox遺伝子が四組もあるため、どれか1つの遺伝子が機能を失っても残りの3個でカバーすることができる。
 牧野さんによれば、全ゲノム重複はアンサンブルに喩えると演奏者が倍になるようなものであり、パートに分かれてより複雑な旋律を奏でられるようになる。ショウジョウバエのお尻の部分を作る遺伝子はわずか1個の遺伝子であるが、ヒトではその部分が4個あり、さらにそれぞれに遺伝子が追加されてお尻だけでなく複雑な手足を作る遺伝子へと変貌している。
 牧野さんによれば、全ゲノム重複には異種交配(別種の生物同士が子孫をつくる)が関わっている。異種交配は海の中では比較的起こりやすい。精子が海中を漂うため、他の種の卵子に受精しやすいためである。もし我々の祖先で全ゲノム重複が起こらなかったら、我々は誕生せず、ナメクジウオやピカイアのような単純な構造を持った生物のままだった可能性がある。
 もっともここで留意すべき点がある。というのは、全ゲノム重複した生物はすべて絶滅するということであった。全ゲノム重複すると体が大きくなり、成長して成熟するまでに時間がかかり、子孫を残す能力が全体としては低下するため、生存競争には勝てなくなりいずれ淘汰されるためであるという。本来我々の祖先も絶滅する生き物のはずであったが、生き延びることができた。牧野さんによれば、生き延びることができた理由はそれまでとは違う環境変化(新しい生物が生存できる環境が新たに生まれた)があったためと考えられる。じっさい生存競争の厳しい熱帯地方と比べると南極などの極地のほうが全ゲノム重複した生物の割合が高いという。

 全ゲノム重複を初めて提唱したのは大野乾さん(1928-2000)という生物学者であり、「ゲノムが倍になるレベルの突然変異がなければここまで複雑な進化はできなかった」と述べているという。脊椎動物における二段階の全ゲノム重複という仮説を大野さんが唱えた時にはまだデータが少なくて議論が続いていたが、21世紀に入って解析が進み受け入れられるようになった。このことについてトークパートナーの太刀川英輔さんは、「時代の半歩先だといいけど、一歩以上先だと変な人になっちゃう。理解可能な範囲で変じゃないといけない、とよく言われる」とコメントされた。
 牧野さんは、ご自身の今後の研究について「全ゲノム重複の発見はカタツムリやサソリの仲間など【脊椎動物以外】でも見つかっている。全ゲノム重複はもっと普遍的に生じているのではないか、生物の進化にどのような影響を及ぼしてきたのかを明らかにしていきたい。」と述べておられた。




 ここからは私の感想・考察になるが、まず、ピカイアについては、放送では脊椎動物の祖先であると説明されていた。ウィキペディアではこれと異なり、
1911年に多毛類として記載(学術的発表)された化石種であるが、1979年に始原的脊索動物に分類し直されて以降、より古い時代の動物群(澄江動物群)が知られていなかった1980年代後半までの10年弱の間は、脊椎動物の直接的祖先もしくはその近縁と考えられていた。
【中略】
ピカイアは脊索動物であるが、脊椎動物ではなく、ナメクジウオなどが属する頭索動物亜門(en)に属している。この類は古くから脊椎動物の先祖に当たる形と見られることが多く、サイモン・コンウェイ・モーリスによる1979年学説の発表当時では、ピカイアがその中で最も古い時代のものとなっていたため、そのように見なされていたわけである。しかしその後、バージェス動物群より更に約2,000万年古いカンブリア紀前期後半(アトダバニアン;Atdabanian)に属する澄江動物群から脊椎動物亜門に属するミロクンミンギアが発見されたため、ピカイアは脊椎動物の直接の祖先ではなく、単にカンブリア紀に棲息していた脊索動物の1属と見なされるようになった。2012年の研究では、形態的に類似していた頭索動物ですらなく、基盤的な脊索動物にすぎないとされた。
というように説明されていた。念のためBingに、

ピカイアが脊椎動物の祖先であるという説は間違いでしょうか?

と尋ねたところ、
ピカイアは脊索動物であるが、脊椎動物ではなく、ナメクジウオなどが属する頭索動物亜門に属していることがわかっています1。ピカイアは脊索を持つ生物の中で最も古い時代のものとされていたため、脊椎動物の直接的祖先もしくはその近縁と考えられていましたが、バージェス動物群より更に約2,000万年古いカンブリア紀前期後半(アトダバニアン;Atdabanian)に属する澄江動物群から脊椎動物亜門に属するミロクンミンギアが発見されたため、ピカイアは単にカンブリア紀に棲息していた脊索動物の1属と見なされるようになりました123。

(1) ピカイア - Wikipedia. https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%82%A2.
(2) ピカイア、あらゆる生物の祖先!カンブリア爆発の謎!. http://takashi1016.com/pikaia-10942.
(3) 高等学校理科総合B > 魚類の進化 - Shotoku. http://www.ha.shotoku.ac.jp/~kawa/KYO/Rika-B/htmls/pisces/index.html.


という回答をいただいた。さらに、

脊椎動物は5億年前のカンブリア紀に、ピカイアが2回の全ゲノム重複を起こして誕生したという説がありますが、であるとするとピカイアは脊椎動物の祖先と見なしてよいのではないでしょうか?

と尋ねたところ、
ピカイアは脊椎動物の祖先であるという説がありますが、ピカイアは脊索動物であり、脊椎動物ではなく、ナメクジウオなどが属する頭索動物亜門に属していることがわかっています1。また、ピカイアは全ゲノム重複を起こしたという説もありますが、これによって脊椎動物が誕生したわけではなく、単に個々の遺伝子が別々に進化してさまざまな環境に対応して生き残れるようになり進化に有利に働いたと予想されています。

(1) ピカイア - Wikipedia. https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%82%AB%E3%82%A4%E3%82%A2.
(2) ナメクジウオゲノム解読の成功により脊椎動物の起源が明らか .... https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/archive/prev/news_data/h/h1/2008/news6/080612_1.
(3) 4/11 BSプレミアム ヒューマニエンス「"超・変異"次の進化を .... https://tv.ksagi.work/entry/2023/04/14/004216.
(4) 古生代における種間交雑:脊椎動物における全ゲノム重複の .... https://www.oist.jp/ja/news-center/news/2020/4/22/promiscuity-paleozoic-researchers-uncover-clues-about-vertebrate-evolution.
という回答をいただいた。ヒューマニエンスの番組サイトも参照しているものの、全ゲノム重複の役割については控えめに見積もっているようである。

 全ゲノム重複を唱えた大野乾さんは、ウィキペディアではアメリカ合衆国の生物学者として紹介されている。1949年に東京農工大学大学院獣医学研究科修了、獣医学博士となったあとはもっぱらアメリカで研究を続けておられたようだ。ちなみに、昨日言及した『ジャンクDNA』の命名者も大野乾であった。

 トークパートナーの太刀川英輔さんによる「時代の半歩先だといいけど、一歩以上先だと変な人になっちゃう。理解可能な範囲で変じゃないといけない、とよく言われる」というコメントは大野乾さんに向けられたものであったが、昨日言及されたバーバラ・マクリントックさんについても同じことが言える。もっともマクリントックさんは81歳の時にノーベル賞を受賞しているので生前に報われていたと言える。大野さん(2000年没)もあと10〜20年長生きしておられれば受賞されていたのではないかと思う。

 次回に続く。