じぶん更新日記・隠居の日々
1997年5月6日開設
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 8月14日の岡山は、台風7号の接近により曇ときどき小雨【←記録上の降水量は0.0ミリ】の一日であったが、夕刻19時前後に短時間だけ日が射して西の空が赤く染まっていた。美しい夕焼けというよりは、嵐の到来を告げる不気味な光景であった。

2023年8月15日(火)




【連載】ヒューマニエンス「整理整頓」(2)ワーキングメモリ

 昨日に続いて、8月7日に初回放送された、NHK『ヒューマニエンス』、

“整理整頓” それはヒトの本能なのか

についてのメモと感想。

 放送では、番組ゆかりの3人の研究室の整理整頓・活用状況を紹介したあと、スタジオ解説者の坂上雅道さんから、「整理整頓は思考の礎」という話題提供があった。坂上さんによれば、人間の思考力が高いのは脳の中でたくみな整理整頓をしてワーキングメモリの負担を無くし、上手に情報を使い分けているためであるという。
 私たちの脳は感覚などを通して外からの情報を取り込み、記憶としてため込んでいる。しかしその記憶は脳の奥深くで眠った状態にあり普段は意識されることがない。その眠った状態にある記憶を引っ張り出して意識にのぼらせるがワーキングメモリである。前回取り上げた「研究室内での本探し実験」を例にとれば、書名を告げられた研究者は、著者名や本の色などの他の情報を組み合わせてその本の置き場所を探り当てる。しかし、ワーキングメモリの中での情報は7±2しかのせることができない。こうした制約は人間以外の動物であるネズミ、イヌ、ネコでも共通している。にもかかわらずヒトが複雑な思考をできるのは、言葉を使った整理整頓をしているためである。私たちは非常に小さな記憶容量の中で、言葉をくっつけて上手に情報を使い分けていくことができるように進化した。例えば、考古学者・松木武彦さんの研究室では、「日本の古墳」、「ヒューマニエンス」、「世界の古墳」というように膨大な研究資料に言葉を与えていくことで整理整頓が行われている。
 スタジオ解説者の坂上さんによれば、脳の中の膨大な情報は、7±2(5〜9)に分割されたワーキングメモリの中に引っ張り出されて利用される。長期記憶から取り出されて前頭前野のワーキングメモリで利用されるプロセスは、冷蔵庫からまな板の上に食材が取り出されるプロセスに喩えることができる。果物が食べたいと思った時は、ワーキングメモリではまず抽象的な「果物」という言葉として生じ、それに基づいて冷蔵庫の中にどういう果物があるのかを調べる。このように具体的なモノは必要になった時に考えればよい。もしワーキングメモリを使わずに何かを食べようとした場合は、個々の食物に対する反射的な行動だけで生きていくことになる。
 坂上さんによれば、ワーキングメモリの一番大きな仕事は「意識」である。ワーキングメモリが無いと意識が無い。意識が無いと情報が蓄えられていても意識無しに行き当たりばったりに思い出すことになってしまう。私たちの脳の記憶の大半は無意識の記憶であるが、人間以外の動物は無意識に頼って生きている。もしワーキングメモリが無ければ人間の行動も無意識に頼る行動になるため、計画が立たなくなる。我々の思考過程はそうではなく「晩ご飯はおいしい焼肉が食べたい」というゴールを設定して焼肉屋の場所や行くための方法を考えることができる。
 稲垣えみ子さんからは、ヒトはワーキングメモリを使うことで過去を後悔したり将来の心配に悩むことになる。将来を思うことで危険を回避できるといったメリットもあるが、情報過多の現在では逆に弊害のほうが大きくなりつつあるという指摘があった。これに対して坂上さんは、ネガティブなほうを見ればそうだが、私たちがこんなにスゴい文明を持っているのは、ワーキングメモリで将来の予測をして実行していった結果である。動物から見れば、ヒトではポジティブもネガティブも両方、極端なことが起こっているのは事実であると述べられた。




 ここからは私の感想・考察になるが、『The Magical number seven, plus or minus two』というG.A.ミラーの論文【こちらに解説あり。原典はこちらから閲覧可能】は、学生時代に読んだことがあった。ワーキングメモリの効用については解説の通りであると思ったが、研究室での本探し、あるいは『整理整頓行動』にどの程度関与しているのかは疑わしいところがある。単に、いくつかの手がかり(書棚の場所、本の背表紙の色、厚さなど)を利用した弁別行動であると言ったほうがスッキリする。じっさい、室内を整理整頓しようと思った時に求められるのは、弁別のしやすさの工夫である。前回述べたように、現役時代の私の研究室では論文抜き刷り・コピー文献は、原則として発行年別に2穴バインダーに第一著者のABC順に綴じられていた。なので、所蔵文献リストや引用文献表から必要とする論文の著者名と発行年さえ把握すればすぐに見つけ出すことができる。その場合はワーキングメモリに頼る必要は殆ど無い。

 あと、言葉が過去の後悔や将来の心配に関係していることは稲垣えみ子さんご指摘の通りであろう。じっさい、ACTの本の中には「あらゆる苦悩の原因は言葉にある」という記述もある。また、「今だけを生きる」動物が複雑な創造をできないことも確かであるとは思う。しかしそれらはワーキングメモリの分類・検索といった機能だけでは不十分。ここでどうしても必要になってくるのが『関係フレーム』ということになりそうだ。専門的なことはよく分からないが、近年飛躍的に向上しているAIも、メモリ機能の改良ではなくて、人間が言語行動の一環として行っている関係づけを深層学習を通じてざっくりと取り込んだことで実現できているように思われる。

 次回に続く。