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半田山植物園の寒咲きアヤメが開花。この日はまだ半分ほど花が開いた状態だったので、厳密には翌日2月16日が開花日になるかもしれない。2022年は2月10日開花、2023年は2月9日に開花の記録があり今年は5日ほど遅い。 |
【連載】ヒューマニエンス「“死の迎え方” ヒトの穏やかな死とは」 (2)平均余命、BMI減少、ソフトランディング 昨日に続いて、2月13日に再放送された、NHK『ヒューマニエンス』、 ●「“死の迎え方” ヒトの穏やかな死とは」 についてのメモと感想。 死因としての『老衰』が概観されたあと、放送では、日本人の平均寿命の推移のグラフが示された。それによれば、
ここでいったん私の感想・考察を述べさせていただくが、上記にもあるように、平均寿命と平均余命にはズレがある。子どもの死亡率が高いほど平均寿命は低くなるが、たとえば男性の平均寿命が81歳だからといって、いま70歳になっている男性の平均余命が81-70=11年ということにはならない。2021年時点での主な年齢の平均余命は、
もっとも、いま挙げた平均余命もいろいろなタイプがあり、同じ年齢であっても、すでに癌などの病気にかかっている人、何らかの身体的異状を感じている人もいれば、今のところ特に異状は無く普通に生活できているという人もあり、タイプ別に算出すればそれぞれの値にかなりの差が出るはずだ。 じっさい、「1963年には153人だったものが2022年には9万人を超えた」というようなデータも、「寿命の平均値が伸びたぶんだけσ、2σの範囲がより高齢な方向にスライドした」ということでは説明できないように思われる。いくら寿命が伸びるといっても、何らかの体質、あるいは本人の不摂生があれば、50歳代や60歳代で亡くなることは避けられない。もちろん医療技術の発達によって、そういった人たちの一部は寛解し延命できる可能性もあるだろうが。 放送では続いて、『死にソフトランディングさせる』という話題が取り上げられた。高齢者施設で死亡した106人の食事摂取量や水分摂取量は、概ね死の数ヶ月から急減するが、それ以前はほぼ安定して一定の高さを保っていた。しかしそれぞれの人のBMIの変化を重ね合わせてみると、死亡の5年前から数値の減少が認められた。川上嘉明さん(東京有明医療大学)によれば、これは要するに、 ●食べないから死に至っていくというよりは、体はもはや栄養を利用できなくなっている ことを示している。川上さんはさらに、 ●ご本人にとって苦痛を徹底的に除くことを考えていった場合、生きるために必要な水分とか当たり前に食べることが必要ではなく、むしろそこを減らしていく、点滴や人工的な栄養にも言えることかと思うけれども、ケアを除いていく、引き算をしていく。 ことがポイントであると指摘された。 死に向かう高齢者の体では腎臓や心臓などの臓器の機能が低下し、摂取した水分は尿としては排出されず、体内にたまっていく。それが腹水やむくみの原因になる。オーバーフローした水はさらに肺の中に移っていく。それが痰になってゴボゴボして肺水腫という状態になったりして呼吸困難をもたらす。 また、胃瘻などの経管栄養を行っても、BMIの数値が減少する場合がある。つまり経管栄養で死に向かう歩みは止められないことがある。 こうした情報を本人や家族や医療従事者が共有し、ケアの方針を決めていく。このことが穏やかな死、その人らしく最後の命の一滴まで使い果たして死に到達する、いわゆる『死へのソフトランディング』がこれからますます重要になってくると論じられた。 なお、BMIの値が維持されたり、少し増えて亡くなる人もいるので、上記のBMIの減少はあくまで1つのモデルであると補足された。 上記の胃瘻のデメリットについては、以前にも何度か耳にしたことがあった。胃瘻の代わりに点滴だけで栄養補給ができないのだろうかと素朴な疑問が生じるが、おそらく、人が生きていく上で必要な栄養を長期的に補給していくためには、消化器系からの吸収が不可欠ということなのかと思われる。ま、私自身はそこまでの延命措置は求めないだろう。 次回に続く。 |