【小さな話題】『決断』と『選択』(2)
昨日の続き。
ここで改めて選択行動とは何かを確認させていただく。だいぶ昔のことになるが、私が書いた論文としては、
- 長谷川(2013).スキナー以後の心理学(21)行動分析学から見た「選択」. 岡山大学文学部紀要, 59, 1-16.
- 長谷川・藤田(2013).高齢者における「選択のパラドックス」の実情. 岡山大学文学部紀要, 60,13-28.
- 長谷川(2015).選択行動の実証的研究における5つの課題. 岡山大学文学部紀要, 63, 11-30.
などがある。このうち3.の論文では、選択行動を、
- 「嗜好型選択」と「問題解決型選択」
- 「能動的選択」と「受動的選択」
- 質問調査における問題点(場面想定法であることの問題点)
- 一度限りの選択と反復型の選択の違い
- 「多数決原理」で結論を導くことの問題点
- 尺度を用いた研究の問題点
- 選択肢の数と葛藤
といったさまざまな角度から考察しており、我ながらよく書けた論文ではないかと思っている。いずれにせよ、一口に選択(choice)といってもさまざまなタイプがあり、ある実験で示された「法則性」が別の選択場面の説明に使えるかどうかは甚だ怪しいところがある。
次に『決断』だが、Yahoo検索の際のAI回答では以下のように解説されていた。
決断とは、心をはっきりと決めること、きっぱりと断を下すことを意味します。言い換えれば、何かを決めて、それ以外の選択肢を断つことです。
決断は、単に選択することとは異なり、何かを選ぶと同時に何かを捨てることを伴います。多くの人が決断をためらうのは、選ばなかった道に別の可能性があるかもしれないという迷いがあるからです。しかし、ビジネスの世界では、決断を先延ばしにすることが最大のリスクとなる場合もあります。
決断には、意志力と、決断に至るまでのプロセスを積み重ねることが重要です。決断力を鍛えるには、失うものを意識し、積極的に情報収集して未知の領域を学ぶことが役立ちます。
参考として、「判断(judgment)」は、材料が揃っている状態で良し悪しを判断することであり、「決断(decision)」は、どうなるか分からない未来を自分の意思で決めることを指します。
上掲の解説で「決断は、単に選択することとは異なり、何かを選ぶと同時に何かを捨てることを伴います。」と特徴づけられていた点はまことに興味深い。じっさい、昨日の日記に挙げた決断は
●行動Aの代わりに新たに行動Bに移行するか、しないか?
であり、具体例として挙げた、
- 職場Aから職場Bへの転職
- いまの住居Aから住居Bへの転居
- 独り暮らしAから結婚生活Bへ(もしくは結婚生活Aから離婚して独り暮らしBへの移行
という3例はいずれも単に行動Bを選択したのではない、行動Aを止める、捨て去るということを含んでいる。
ところで、人間以外の動物でも「決断」することはあるのだろうか。確かに外見上は、
- 渡り鳥が特定の場所に集まったあと、目的地に向けて一斉に飛び立つ。
- 乾期に入ったサバンナで、草食動物たちが大移動を開始する。
- 事故で母親が死んでしまったあと、子どもたちはしばらく母親に寄り添ったり乳をねだったりするが、いつまで経っても動かないことが分かると、その場から離れて自力でエサを探すようになる。
というように、いかにも何かを「決断」して行動Aから行動Bに移行したように見える。しかし実際は当該の個体の行動を左右する直接効果的な随伴性だけで説明が可能であり、「決断」という概念は不要となる。
いっぽう人間の場合、決断はルール支配行動を含んでいる。行動Aは実際に何らかの形で直接効果的に強化されているが、行動Bに移行した場合にそれがどういう形で強化されるのか、あるいは期待したほどには強化されずに消去されていくのか、それとも想定外の嫌子によって弱化されるのかは、実際に行動Bを始めてみてからでないとどうなるか分からないところがある。
行動Aから行動Bへ移行するべきかどうかは、まず、
- 行動Aを続けた場合のメリット
- 行動Aを続けた場合のデメリット
を列挙して精査する必要がある。なお、上記以外に、
- 行動Aを止めた場合のメリット
- 行動Aを止めた場合のデメリット
も考える必要があるが、単に行動Aを止めるというのは、死んだ人でもできる消極的な選択であって正しい比較にはならない。実際、
- 行動Aが「今の職場にとどまる」であった場合、転職先を確保しないうちから仕事を辞めてしまったのでは生活を維持できなくなる。
- 行動Aが「今の家に住み続ける」であった場合、次の転居先を見つけないうちに今の家から退去してしまったのでは路頭に迷ってしまう。
ということで行動Aから行動Bへ移行するべきかどうかは、
- 行動Aを続けた場合のメリット
- 行動Aを続けた場合のデメリット
- 行動Bに移行した場合のメリット
- 行動Bに移行した場合のデメリット
- 行動Bに移行しなかった場合のメリット
- 行動Bに移行しなかった場合のデメリット
という6つの側面からの精査が必要となる。但し「行動Bに移行する」というのは将来のことであって実際に何が起こるのかはやってみたあとでないと確認できない。特に上記2.の「行動Aを続けた場合のデメリット」が、行動Bへの移行によって解消できるかどうかは何とも言えない。例えばいまの仕事では給料が少ないとか、仕事がきつすぎるといった「仕事Aを続けた場合のデメリット」は、仕事Bに転職しても変わらないかもしれない。
※要するに、日常生活においては、行動Aに依存するメリットとデメリット、行動Bに依存するメリットとデメリットのほか、行動Aや行動Bには無関係に存在する「うれしいこと」や「嫌なこと」があり、それらを分離して考える必要があるということ。
あと、しばしばありがちなことだが、
- メリットとデメリットの中には絶対に譲れないものが含まれていて、どんなにメリットのほうが多くてもたった1つのデメリットがあるためにその選択を避けるという場合
- あるいはどんなにデメリットが多くてもこのメリット1つがあるためにそちらを選ぶという場合
という事例もある。もっと言えば、じつは最初から結論は決まっていて、他の人に相談しているように見えても実際は同意を求めているだけだというケースもある。そういう場合は、メリット、デメリットを挙げてもらった上で合理的決断を促してもたぶん失敗する。そうなった時は、当事者の「決断」を尊重し、その決断からより多くのメリットがもたらされるようにサポートするしかない。
不定期ながら次回に続く。
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