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じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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 岡山市から『令和7年度岡山市物価高騰対応定額給付金支給のお知らせ』が届いた。
岡山市では食料品等の物価高騰の影響下にある市民生活を支援するため、国の重点支援地方交付金を活用し、基準日 (令和7年12月1日)において岡山市の住民基本台帳に記録がされている方に、1人当たり5千円を支給します。また、 世帯全員が令和7年度住民税非課税者で構成される世帯の方へは、1人当たり2千円を追加し支給します。 本給付金を受給される方は、以下の内容を必ずご確認ください。
申請期限がありますので、 必ず中身をご確認ください。
とのこと。我が家は夫婦2人分で1万円が支給された。申請期限があると記されていたが、以前、マイナポイント獲得のために公金受取口座を登録してあったので手続の必要はないようだ。また非課税なので確定申告に記載する必要はない。

2026年2月18日(水)




【連載】3か月でマスターする古代文明(16)ヒッタイトの「鉄の帝国」神話(3)人類最古の国際和平条約/ヒッタイト法典

 昨日に続いて、表記の番組についてのメモと感想。

 前回に続いて、

●2025年10月15日初回放送 (3)ヒッタイト “鉄の帝国”のヒミツ

を取り上げる。

 前回述べたように、ヒッタイトは幅広い交易を行う「多民族 多文化 多言語」を特徴とする国家であり、多様な宗教に寛容であり、文字に頼る治め方(『ヒッタイト法典』など)がうまく機能していた。

 出土した粘土板の中には、カデシュの戦いのあとにエジプトと交わした条約が刻まれているものがあり、人類最古の国際和平条約と言われている。放送では以下のような内容が紹介された。
  • 今後ヒッタイトとエジプトは相互不可侵とする。
  • 第三国からの攻撃には互いに協力し対処する。
  • 亡命者は互いに送り返し処罰はしない。
文字に残すことによっていつでも参照することが可能である上に世代を超えて受け継ぐことができた。なおウィキペディアによれば、調印後の経緯は以下の通り【要約・改変あり】。
  • 調印後、エジプト版の複製がカルナックにあるラーとアメンの神殿に、ヒッタイト版の複製がハットゥシャにあるテシュブ神殿にそれぞれ納められた。
  • 条約が結ばれた後、その取り決めは尊重され、それ以来、両国間で多くの交易が行われるようになった。エジプトの建築家がヒッタイトの宮廷に招かれ、青銅器を用いていたエジプトでは鉄器が扱われるようになった。
  • その後、ラムセス2世の治世34年目に対応する紀元前1256年、ファラオとヒッタイト王は婚姻をもって条約を統合した。ハットゥシリ3世の娘がラムセス2世の妃としてエジプトに送られ、マーホル・ネフェル・ラーの名前で偉大なる王の妻となった。
  • エジプトとヒッタイトは、ヒッタイトが「海の民」によって滅ぼされる紀元前1190年までの間、平和を維持した。【←海の民については後述】
  • 1906年に粘土板に書かれた版がボガズキョイ【ハットゥシャ】で出土した。
条約が結ばれたのは紀元前1269年頃とされているので、この条約により80年程度、地域の平和と繁栄に貢献したことになる。

 文字の更なる活用としては『ヒッタイト法典』という法律書もしくは判例集がある。法典では、殺人罪、傷害罪、器物損壊罪、婚姻、物価の規定などが記されており、いま見つかっている限りでは200条が判例として残っている。ヒッタイト法典より200年ほど古い『ハンムラビ法典』は「目には目を 歯には歯を」で知られるが、ヒッタイト法典のほうは極力死刑を避け、殺人の加害者は遺族の奴隷になるとか、銀で賠償するというように考え方が変わってきているという。
 ヒッタイト法典はたとえ王であっても守らなければならず、
  • 直系の長男を王とする
  • 王位の継承は元老院の承認を得る
といったように、王位継承も法典の記述に基づいて進められた。こうして法律は文字化されることによって国の礎となっていったと考えられる。
 なおこうした詳細な法典があったということは当時の社会においてそうした犯罪や争いがたくさんあったということも示唆しており、人々の間の“調整”のために法律が必要だったと言うこともできる。

 ここで、世界最古と言われる『ウル・ナンム法典』、私が子どもの頃に教科書でも紹介されていた『ハンムラビ法典』と、今回の『ヒッタイト法典』の3つをChatGPTに比較してもらった。




古代オリエント世界における代表的な成文法である
**ウル・ナンム法典**、
**ハンムラビ法典**、
**ヒッタイト法典**
の三者を、成立時期・刑罰原理・社会観の観点から比較します。
  1. 成立時期と歴史的位置

    | 法典       | 成立時期    | 地域           |歴史的位置づけ      |
    | --------     | ----------    | -------------        | ------------      |
    | ウル・ナンム法典 | 紀元前21世紀頃 | シュメール(ウル第三王朝)|現存最古級の成文法    |
    | ハンムラビ法典  | 紀元前18世紀頃 | バビロニア        | 古代オリエント法の代表例|
    | ヒッタイト法典  | 紀元前17~13世紀| アナトリア        | 柔軟・実務的な法体系  |

    → 時系列では
    **ウル・ナンム → ハンムラビ → ヒッタイト**
    の順になります。

  2. 刑罰原理の比較

    ### ① ウル・ナンム法典

    * 原則:**罰金刑中心**
    * 死刑は限定的
    * 被害補償的な性格が強い
    * 比較的穏健

    👉 「損害を金銭で償う」という実務的思想が強い。

    ### ② ハンムラビ法典

    * 有名な原則:「同害復讐法(目には目を)」
    * 身分別刑罰(自由民・平民・奴隷で刑が異なる)
    * 身体刑・死刑が多い
    * 厳格で象徴的

    👉 国家権力の威信を示す「公開的・威嚇的」法典。

    ### ③ ヒッタイト法典

    * 死刑が少なく、罰金中心
    * 同害復讐法は弱い
    * 実務的・調整的
    * 時代とともに刑罰が緩和される改訂がある

    👉 三者の中では最も「寛容」かつ「合理的」。


  3. 社会構造との関係

    | 観点  | ウル・ナンム  | ハンムラビ     | ヒッタイト      |
    | ----  | --------     | ----------     | ----------       |
    | 身分差 | あるが比較的単純| 明確で厳格     | あるが刑罰は比較的均質|
    | 国家権威| 神授王権を強調 | 王の神的正当性を強調| 実務的王権      |
    | 社会観 | 都市国家秩序維持| 中央集権的王権の誇示| 慣習法の整理     |

    特にハンムラビ法典は、序文で神(シャマシュ)から法を授かったことを強調し、王権の正当化が明確です。

  4. 思想的傾向の比較(要約)

    * **ウル・ナンム法典**:最古・補償型・穏健
    * **ハンムラビ法典**:厳格・身分差明確・国家威信型
    * **ヒッタイト法典**:実務的・柔軟・罰金中心

  5. 総合評価

    一般的な傾向としては:

    > 厳罰化の頂点がハンムラビ法典
    > 両端に比較的穏健なウル・ナンム法典とヒッタイト法典が位置する

    つまり、「古代法=残酷」という単純な図式は誤りで、時代や地域により刑罰思想はかなり異なっていました。






 次回に続く。