じぶん更新日記1997年5月6日開設Copyright(C)長谷川芳典 |
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2011年版・岡山大学構内の紅葉(18)座主川沿いの紅葉 昨日掲載の岡大・東西通りの北側には、旭川と笹ヶ瀬川を結ぶ用水路・座主川が流れており、他所より時期の遅い紅葉が見られる。とはいえ、撮影した12月9日時点ですでにケヤキなどは落葉しており、日が射し込んで明るい景色になっていた。 |
【思ったこと】 _b1214(水)日本質的心理学会第8回大会(19)内田樹氏の大会記念講演(3)「change」の意味/原発と祈り 昨日の続き。 内田氏の次の話題は、「change」というスローガンに含まれる創造と破壊に関するものであったが、講演日からかなりの日数が経ってしまったことと、メモが不完全であったため、どういう内容であるのかは思い出せなくなってしまった。 私自身は、「change」は、政治家が選挙の時に支持を訴える常套手段に過ぎないと考えている。特に、国や自治体の行政に閉塞感が漂っている時には、このままではダメだ、何かを変えなければという訴えは大きな支持を集める。しかし、実は、何をどう変えるのか実現可能な具体策は何も示されていないことも多い。何も変えなければ少なくとも現状は維持できるのだが、何かを変えようとして失敗し、逆に悪い方向にchangeしてしまうことだってありうる。もう1つ重要な点は、changeは、数年単位、数十年単位、数百年単位というように、時間のスパンによって変化についての評価が変わってくることもある。歴史家であれば数百年単位の変化で評価するであろうが、議会制民主主義の世界では次の選挙までの短期的な成果が支持を集めやすい。ポピュリズムに迎合し、厄介な課題や負担は先延ばししてしまう。というようなことを私自身は考えているのだが、内田氏の御主張がそれに近いものであったか、全く別のことを言っておられたのかは思い出せない。 さて、講演ではこのあと本題に入るが、最初に取り上げられたのは、あるブログ執筆者が、福島第一原発に向かって毎日祈りを捧げているというようなお話であった。ネットで検索したところ 内田樹×名越康文×橋口いくよ原発と祈り 価値観再生道場 という関連書が刊行されており、出版社の内容紹介のところには この震災は私たちに一体どんな問いを投げかけているのだろうか。思想家、精神科医、作家が緊急鼎談。原発問題をどう捉え、震災後の世の中をいかに生きるか。怒りや正義ではなく祈りの力を原動力に、日本人の心・体・知を鍛え、ととのえるための対話集。雑誌『ダ・ヴィンチ』連載「価値観再生道場 これなんぼや?〜東日本大震災緊急スペシャル鼎談」をまとめて書籍化。内田 荒ぶる神の火を鎮めるには、ちゃんとした鎮魂、「原発供養」が必要なんだよね。それは廃炉の作業にかかわる人にも繋がってくる。名越 「祈ることしかできませんから祈ります」っていうネガティブな祈りは効かないんですよ。すごくポジティブなもののようにして捉えてやっと効きだす。僕ら煩悩の塊だから。橋口 原発にはもう祈らずにはいられなかった。祈るべきだと心から思ったし。祈るしかできないなんて、ひ弱なこと言ってられないんです。(第3章「原発と祈り」より)内田「ゴジラ」を「原発」に置き換えると福島の原発と同じ話になる。名越 ウルトラマンって仏さんみたいな顔してませんか? 橋口 ゴジラと原発供養が、つながるんですか?というような考え方が紹介されていた。 内田氏はもうおひとり中沢新一氏のお考えについても引用しておられたが、時間が無いので次回以降に。 次回に続く。 |