じぶん更新日記

1997年5月6日開設
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 時計台前のカリンの花。何度か書いているように、今年度中にこの場所に新しい施設が建てられる予定なので、この花も今回で見納めとなる。

2017年4月26日(水)



【思ったこと】170426(水)心理パラドックス(5)リスク回避とリスク志向(1)

 昨日の続き。三浦俊彦先生の『心理パラドックス 錯覚から論理を学ぶ101問』(二見書房)の第2章では、リスク回避とリスク志向のクイズが挙げられていた。(出典は、多田洋介『行動経済学入門』(日本経済新聞社)となっている。)
A:わが部隊300名は敵の大軍に囲まれている。この場にじっとしていたのでは300人全滅は確実だろう。指揮官であるあなたは、実現可能なたった2つの作戦1、2のどちらかを選択しなければならない。作戦1は、夜闇に広く散開して遊撃戦を繰り広げながら脱出する作戦で、助かるのは100人だ。作戦2は、夜間に一丸となって、全員生還か全滅かの強行突破を図る作戦で、成功する確率は3分の1。あなたはどちらの作戦を選ぶべきか。

B:わが部隊300名は敵の大軍に囲まれている。この場にじっとしたままでは1人も生還できないだろう。指揮官であるあなたは、実現可能なたった2つの作戦1、2のどちらかを選択しなければならない。作戦1は、夜闇に広く散開して遊撃戦を繰り広げながら脱出する作戦で、死ぬのは200人だ。作戦2は、夜間に一丸となって、全員生還か全減かの強行突破を図る作戦で、失敗する確率は3分の2。あなたはどちらの作戦を選ぶべきか。
 生存者数の期待値はAとBどちらも100人であり等しいはずだが、実際に調査をしてみると、Aの質問では作戦1、Bの質問では作戦2を選ぶ人が、それぞれダブルスコアで多いという結果が得られている。

 これと同型のクイズとしては、
A:あなたは医師で300人の患者を治療することになった。どちらの治療法を選ぶか? 治療法1:100人の命を救えるが200人は救えない。 治療法2:1/3の確率で300人全員の命を救えるが、2/3の確率で一人も救えない。

B:あなたは医師で300人の患者を治療することになった。どちらの治療法を選ぶか? 治療法1:200人が死ぬが、100人の命は救える。 治療法2:1/3の確率で300人全員の命を救えるが、2/3の確率で一人も救えない。
というのがあり【人数や表現については長谷川により一部改変】、種々の概説書で紹介されている。期待値が同じであるにも関わらず、選択の比率が異なることについては、経済学でいう「限界効用逓減」の法則で説明されることが多い。

 もっとも、敵の大軍から逃れるクイズも患者を治療するクイズもいずれも人の命に関わる内容となっており、金銭的な利得とは異なる要因が働いている可能性もあるのではないかと思われる。要するに、2つずつの作戦を比較する場合、「助かるのは100人」とか「100人の命を救える」という表現には、確率の期待値以上にそれを求めるいっぽう、「死ぬのは200人」という表現に対しては期待値以上に回避しようとする可能性である。数学的には同じ構造であっても、命に関わる話題については特別な配慮が必要であるように思う。

 そう言えば、4月25日、復興担当大臣が「(発生が)まだ東北の方だったから、よかったが、首都圏に近かったら甚大な被害があった」と失言し、事実上更迭された。 大臣の発言の趣旨は、首都圏に近いところで発生したらもっと甚大な被害になっていた可能性があり、さらに防災対策を強化する必要があるということだと思われるが、東北での被害を相対的に「よかった」と表現したことと、東北での被害は相対的に甚大ではなかったかのように受け取られる表現を使ったことが、復興相という立場上不適切と見なされたようである。

 上掲のクリシンの話題に結びつけて考えてみるに、防災対策や事故対策を論じるにあたっては、現実に起こった災害や事故のようなネガティブな出来事との相対比較は、言葉を選び、慎重に行う必要がある。

●10年前の災害Aの死者は100人であったが、今回の災害Bの死者は10人にとどまった。

というような指摘から、防災対策の成果が強調できるように思われるが、それを聞いた人はそのような相対比較ではなく、今回の災害Bで死者が10人出たことや、その家族の悲しみ、苦しみに注意を向けているはず。それをうっかり「10人に減ったから良かった」などと失言すれば猛烈な批判を浴びることになるだろう。要するに、人の不幸を相対比較してはならないということである。同じ事実でも、

●10年前の災害Aの死者は100人、今回の災害Bでも残念ながら10人の死者を出してしまったが、今回は防災体制を整備したおかげで90人の命を救うことができた。

というように表現を改めれば、成果を強調することができる。上記の復興相の件も、

●東北でもあれだけ甚大な被害があったのだから、人口の多い首都圏で同じ規模の地震が発生したら、計り知れない被害が生じると危惧される。

と発言すれば批判を浴びなかったはずだ。