じぶん更新日記・隠居の日々
1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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 Windows10の「更新とセキュリティ」画面にWindows10からWindows11へのアップグレードの情報が表示されるようになった。画面上は「合格画面」、「画面下は不合格画面」であるが、私の手持ちのパソコンで「合格」と判定されたのは10月に買い換えたデスクトップパソコン1台のみであり、ノートパソコンはことごとく不合格とされた。理由は「1 ギガヘルツ (GHz) 以上で 2 コア以上の64 ビット互換プロセッサまたは System on a Chip (SoC)。」を満たさないためである。
 いずれにせよ、オンライン手続などでは、Windows11非対応のところが多く、当面、アップグレードは考えていない。
 それにしても「正常性アプリ」というのは妙なネイミングである。正常性アプリで不合格と判定されたマシンは「不正常」あるいは「異常」ということになるが、もともと、正常に動くことを信頼して購入したマシンを、ソフト会社の一方的な仕様変更で「正常でない」と決めつけられるのには腹が立つ。

 

2021年11月25日(木)



【小さな話題】将棋、囲碁、麻雀とウォーキングだけの老後は?

 勤労感謝の日を含む連休に、短期間、妻の実家のある北九州に帰省した。SIMカード入りのタブレットと、ノートパソコンは持参したのだが、4学期に担当するオンライン授業用の教材ファイルを持ってくるのを忘れたため、滞在中は全く仕事ができず、日々8000歩以上のウォーキング、Web日記の執筆のほかは、特にやることが無くなってしまった。
 そこで急遽試してみたのが、10月に特別価格で購入した、お買得5本パック 囲碁・将棋・麻雀・花札・トランプのうちの、将棋、囲碁、麻雀であった。

 これらのゲームでPCと対戦して驚いたのは、将棋も囲碁のレベルも相当に強くなっていたこと。以前、Windows95の頃に、パソコン購入時におまけで付いていた将棋や囲碁で遊んだことがあったが、あの当時であれば、この私でも勝つことができた。しかし、今回は、恥ずかしながら、将棋も囲碁も、一度もPCに勝つことはできなかった。

 このうち将棋は、囲碁や麻雀に比べると、最も私が好きなゲームであり、実際、毎日曜日にはNHK杯将棋トーナメントを欠かさず視聴し、こちらで毎日1題ずつ出題されている詰将棋を、ほぼ欠かさずに解いている。また、藤井聡太四冠の棋譜をYouTubeの解説サイトで拝見したりもしているところであるが、実際に自分がPCと対戦するということになると、序盤からどうしてもミスが出てしまい、それを見逃さずに一気にPCに急襲をかけられるとどうにも反撃できない。もともと私は序盤の駒組みをしっかり学んだことが一度も無かったが、居飛車、いろいろな振り飛車でいろいろ試して見たものの、弱点を見抜かれてしまって、全く歯が立たなかった。

 囲碁の方は、将棋よりさらに初心者ということもあって、これまた大差で負けてばかりだった。そこで、黒番でまず天元に打ち、その後は途中までマネ碁に徹するという戦法を採ってみたが、あまり面白くないし、リンク先にもあるように、マネ碁で勝つことはできないようである。

 もう1つの麻雀のほうは、さすがに、実力以外に運も影響してくるので、トップになることもできた。但し、相手の手の内を読むまでには至っておらず、自分の手をいかに速く完成させるかということと、振り込みを警戒することだけに注意を向けるのが精一杯であった。

 これら3種のゲームに取り組んで思ったことだが、まず私の場合、人間相手でもPC相手でも、ゲームの面白さ自体はこれっぽっちも変わらないということである。私の場合、これらはすべて思考ゲームであって、対人交流を楽しむ手段ではない。むしろ、PC相手のほうが、気を遣うこともないし長考で待たされることもないので、遙かに気楽であった。なので、この先、思考力・記憶力・習得力が低下して、学問の世界から完全に引退するようになった時には、ゲームを楽しみながら一日を過ごすことになる可能性はアリかと思っている。

 もっとも、将棋、囲碁、麻雀とウォーキングだけの生活では、到底充実した老後になるとは思えない。それは、そういうことで一日、一日が過ぎていったとしても、「きょうも何とかして生き延びた」という感覚しか残らないためである。
 私はもともと個人主義的であり、別段、社会貢献をしなければ生きがいが得られないとは思っていないが、そうかといって、日々、何の進歩もなしに平凡な生活を繰り返すということでは満足することができない。そういう生活では、早く死んでも、長く生きながらえても同じことであり、生きている意義が全く見出せないからである。
 終末期の寝たきり状態は別として、まだまだ体が動き、モノを考える力がそれなりに働いている現段階では、やはり、日々「じぶんを更新する」ことが、生きがいの必須要件になると考えざるを得ない。これは、今まで知らなかったことを学ぶ、新しい世界を体験する、といった形で実現するものである。ま、上記の将棋も、序盤の戦法をしっかり学んだ上でPCに対戦していけば、上達という「じぶん更新」を獲得することはできるのだが、どうせ「じぶんを更新」するのであれば、もう少し一般性の高い哲学、数学、宇宙、生物といった世界に目を向けたいという気持ちはまだまだ強い。