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【連載】太陽系の基本知識を更新する(8)火星(2) 昨日に続いて、NHK「コズミックフロント: ●「冒険者たちが語る 太陽系のヒミツ」 についての備忘録と感想。 放送では、火星探査の歴史として、
まず1.では、数々の失敗ののち、1964年11月にマリナー4号が打ち上げられた。8カ月後、いよいよ火星に接近し撮影を開始したが、余計な停止信号が発せられたためレコーダーが早く停止してしまうというトラブルに見舞われた。スタッフたちは送られたデータのみから画像を再現しようと試みた。なんと数値データを印刷した紙をクレパスで色分けする手作業まで行われた[※]。その後送られた写真には月のクレーターのようなものが写っているが、運河のような文明の存在を示唆するものは認められず、ガッカリした結果となった。このマリナー4号は結局22枚の写真を撮ったが、それは火星表面の1%に過ぎなかった。 [※追記]このトラブルがどう解消されたのかについて、ウィキペディアでは、 7月15日 00:18:36 UT (7月14日 7:18:49 p.m. EST)から撮影処理が開始された。赤と緑のフィルタを交互に使って21枚の画像が撮影されたが、22枚目の画像は不完全であった。ところが当初得られた画像はほとんど真っ白だったため、調査した末に画像処理を施した結果ようやく画像化に成功し、3日後にようやく公開された。と記されており、放送で言及されたようなエピソードについては特に言及されていなかった。 続くマリナー6号は75枚、7号は125枚の写真を撮影したが、いずれも火星の近くを通り過ぎる軌道(フライバイ)であったため、火星表面のすべてを調べることはできなかった。 これに対して、1971年5月に打ち上げられたマリナー9号は、火星の周回軌道に入り火星を周回しながら撮影する最初の探査機となった。火星接近後はしばらく砂嵐の影響で表面が見えにくくなっていたが、およそ3か月後にやっと晴れ上がり、水路の跡や、巨大な渓谷、巨大なオリンポス山などの映像が送られてきた。これにより、火星には少なくとも過去に水が存在していることが明らかになった。 次に行われたのはバイキング計画(1975年)であった。ここでは火星表面にパラシュートで探査装置(ランダー)を落下させ、生命の存在を確認する実験が行われた。 放送では特に言及されていなかったが、この計画では、バイキング1号(1975年8月打ち上げ)、バイキング2号(1975年9月打ち上げ)という2機の探査機(に搭載されていた装置)が火星表面に着陸した。 ウィキペディアやウィキペディアによれば、以下のようになっていた。
火星表面のパノラマ写真は大変印象深いものであり私も何度も閲覧したことがあるが、科学的により重要であったのは4種類の生物学的実験であった。 次回に続く。 |