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【連載】笑わない数学(2)虚数(7)オイラーの公式(続き)、虚数と複素数の違い 昨日に続いて、NHK『笑わない数学』で2022年8月17日に初回放送された、 ●虚数 のメモと感想。 まず、昨日の日記の終わりのあたりで、 と述べたことについての補足。ネットで検索したところ、 ●【導入編】オイラーの公式を2パターンで求めます!【数学 複素関数論】 というYouTube解説動画があり、そのうちの1つは、z=cos χ+i sinχという極形式から出発する導出であり、これは複素平面を前提としているように思われた。もう1つの方法は、マクローリン展開: eχ=1+χ+χ2/2!+χ3/3!+χ4/4!・・・ から導出するものであるが、途中でcos yやsin yのマクローリン展開が出てくることから、やはり複素平面を前提としているように思えてならない。なお、私がここで「複素平面を前提としている」と述べているのは、要するに、実数軸と虚数軸を直交させ、かつ虚数単位i=cos π/2+isin π/2という約束事を作った上で議論しているという意味である。 もとの話題に戻るが、放送ではオイラーの公式に続いて、カール・フリードリヒ・ガウス(1777-1855)の功績が紹介された。ガウスは、実数と虚数を組み合わせた複素数という数を研究した。そして、「複素数の範囲では、n次方程式はn個の解を持つ(重解は重複して数える)」という代数学の基本定理を証明した。ガウスは、実は虚数を認めて初めて数学が成立するという事実に衝撃を受け、「虚数の存在を無視してしまえば数学の美しさと滑らかさが大いに損なわれ、これまで通用してきた真理にさえ絶えず厄介な制限を加える必要を生ずるであろう」(ガウスからベッセルへの手紙)と書き記した。さらにガウスは、虚数と、それが入り込む余地の無かった数直線について、虚数軸を直交させた複素平面という位置関係を示した。この複素平面上で築きあげられた19世紀の数学『複素関数論』は数学で最も美しい分野とも呼ばれるまでになった。 放送の終わりのところでは、20世紀初頭、電子や原子などのミクロの世界を扱う量子力学の世界で『シュレディンガー方程式』という基礎方程式が発見された。その式の中にはiが堂々と登場しており、虚数が現実世界にとっても欠くことのできない存在であることを示していると説明された。最後は、パンサー尾形さんの「i(あい)は全てを包む」というダジャレで終了となった。 ここからは私の感想・考察。 今回の放送のタイトルは『虚数』であったが、途中から『複素数』や『複素平面』に話題が移っていた。しかし、ここには飛躍があるように思えてならない。『虚数』は実数と対比させる限りにおいては別の世界の数であると言えるが、a+bi という表現は、1+√2というのと同じで、足し算の計算式のようにも見える。確かに数直線上では「1+√2」に相当する目盛り(2.4142...)が存在するが、我々は普通、“「1+√2」は無理数である”とは呼ばず、代わりに“「1+√2」は、実数1と無理数√2の足し算の結果である”と考えるように思われる。であるなら、「a+bi」も1つの数としてではなく、“実数aと虚数biという足し算の結果であると考えればよく、わざわざ複素数という1つの数として扱う必要は無いようにも思われた。さらに言えば、仮に複素数という存在を認めたとしても、なぜ実数部と虚数部は「+」という記号で結ばれなければならないのか? という疑問が出てくる。そもそも「+」は、実数どうしの計算では、数直線上のある点を右側にずらしたり、2つのグループの個数を合計するという意味であると直観的に理解できる。しかし、複素数「a+bi」における「+」はそのような計算ができない。解の公式から機械的に「a+bi」が勝手に出てくるとはいえ、同じ「+」であっても、実数における加法とは異なる定義を追加しなければならないような気もする。 ということでBingに、 ●a+biで表される数は複素数という1つの数であると考えられていますが、なぜ、aという実数と、biという虚数に分かれた2つの数として扱わないのでしょうか? と尋ねてみたが、 複素数は、実数と虚数の和で表される数のことです。a+biという形式で表される複素数は、aが実数部、biが虚数部を表します。複素数を実数と虚数に分けて扱うことで、複素平面上でのグラフ化や、複素数の四則演算が容易になります。また、複素数は、実数と虚数の和で表されるため、実数と同様に大小関係を比較することができます。123というような回答であり、イマイチ納得できるものではなかった。但し、リンク先には分かりやすい説明がありそう【まだ参照していない】。 次回に続く。 |