Copyright(C)長谷川芳典 |
※クリックで全体表示。
|
鉢植えのアマリリスの中に1株だけ秋咲きの品種があり、今年も今頃になって蕾が出てきた。この株は昨年も秋に開花しており、2022年10月20日や2022年10月27日の楽天版に写真がある。『ヒッペアストラム・レティキュラータム』という品種で、必ずしも秋咲き限定ではなく、通販サイトでは「花期は3〜5月、9〜11月」となっている。 |
【連載】笑わない数学(2)虚数(16)虚数以外の新しい数(7)超実数/数とは何か(1) 少し間があいてしまったが9月29日の続き。なお、この話題はもともとNHK『笑わない数学』から派生した発展的考察として連載を継続しているところであるが、ご本家の番組のほうでは10月4日から第2シリーズが開始され、10月4日には『非ユークリッド幾何学』が取り上げられた。10月11日は「3を足して2で割れるだけ割る」ことで知られた『コラッツ予想』が放送される予定であるという。 さてこちらの連載のほうであるが、これまで虚数以外の新しい数として、二重数、分解型複素数、四元数、八元数などを取り上げてきた。「ノルム付き可除」という条件のもとでは、拡張はだいだいこの範囲で完結するようであるが、先日、これとは全く別の発想に基づく超実数という概念があることを偶然に知った。もっとも、ウィキペディアの説明だけでは何のことやら分からない部分があるので、Bingに分かりやすい解説をお願いしたところ、以下のような回答をいただいた。 超実数は、実数体 R の拡大体であり、無限大量や無限小量を扱う方法の一つです1。超実数の全体 *R は、実数よりも大きい元を含み、そのような数は無限大であり、その逆数は無限小であるとされています1。超実数は、ライプニッツの経験則的な連続の法則を厳密なものにした移行原理を満たすため、微積分学や解析学において諸問題への応用が可能です1。いっぽう、ChatGPTに同じ質問をしたところ、以下のような回答になった。 超実数は、数学における数の拡張の一種です。通常の実数には、整数や分数、そして無理数(例えば、円周率πや自然対数の底e)などが含まれます。超実数は、この実数のクラスをさらに拡張し、無限大や非標準的な数を考えるための枠組みです。なおBingの参考文献に挙げられていた、 ●超実数のイメージがわくように説明するよ をざっと閲覧した結果、多少はイメージをいだけるようになった。これに関連した無限の点の個数が数えられるのなら長さの概念はいらないというコンテンツも興味深く拝見した。 さて、「新しい数」を作るという話題はひとまずこれだけにしておいて、そもそも「数とは何か?」について考えてみたいと思う。 まず何も参照しない段階で私なりの考えを述べておくと、数の起源は広義の言語行動にあると私は考えている。関係フレーム理論で説明されているように、言葉はまず、実物に対して恣意的に設定された音声や記号などを対応させることによって発達した。いま「実物」と述べたが、正確にはさまざまな「実物」を1つのグループにまとめて同じ名前で呼ぶことから始まった。例えば『リンゴ』は唯一無二の1個のリンゴではなく、赤リンゴ、青リンゴ、大きなリンゴ、小さなリンゴなどをひとまとめにした呼称となる。この場合、どのようにまとめるのかは、その言葉を使う環境によって異なる。大ざっぱに広くまとめるのか、それとも細部にわたって区別するのかは、有用性によって決まってくる。 いずれにせよ、このような呼称は、事物の『質』に対応したものである。しかし、日常生活では、同じ『質』のものがたくさんあったり、少ししか無かったり、といった『量』の情報も重要になってくる。そこで、個数とか、「多い、少ない」といった量を表す言葉が使われるようになる。「リンゴをください」より「リンゴを3個ください」のほうがお店で買物をする時に有用な表現となるし、「川に水が流れている」よりは「川の水かさが増えている」というほうが洪水被害から逃れるために有用となる。 でもって、「リンゴ3個」という時の「3」と、「みかん3個」、さらには「羊が3頭」、「3人集まっていた」という時の「3」は、具体的事物を離れて、演算としては独立な性質を持つ「数」、つまり自然数として体系化されるようになる。 ところで、数の始まりが自然数であったかどうかについては疑ってみる必要がある。人間以外を含めて、多くの動物は「大小」や「多少」を区別することができる。これは、より多くの食物を獲得したり、「自分より大きい動物が現れた時には逃げるが、自分より小さければ無視または攻撃する」といった他の個体とのかかわりを決める上で適応上有用と言える。もっとも、例えば2つのお皿のうちたくさん餌のあるお皿のほうを選ぶというのは、単に餌の多いほうが強い刺激となって獲得反応を引き起こしやすくなるだけかもしれない。なので、人為的に特別に訓練されたチンパンジーやイヌ、ハトなどを除けば、人間以外の動物が量的な判断をしていると言えるかどうかは疑わしい。 さて、人間の場合は、そうした量的な対象を比較してどちらが大きいか、どちらが多いかといった判断をし、さらには目の前にないモノに対しても、「A<B」かつ「B<C」ならば「A<C」といった推測をすることができるようになる。これは論理的な推論とも言えるが、もっとプリミティブに、関係フレーム理論でいうとことの『複合的(相互的)内包』という般化オペラントとして位置づけることもできる。 大きさの比較は、第三者に目撃談として伝える場合にも有用である。単に「ヒグマに遭遇した」よりも「牛よりも大きなヒグマに遭遇した」とか「羊ぐらいのヒグマに遭遇した」といった情報のほうが役に立つ。 そして量的な情報をさらに正確に伝えるために「物差し」や「はかり」が使われるようになる。 次回に続く。 |