じぶん更新日記

1997年5月6日開設
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 1月14日の明け方、西の空に月齢14.0の月と前々日に地球に最接近した火星が輝いている様子を眺めることができた。このあと12時43分頃に火星食が起こるが、日本では見られない。


2025年01月14日(火)




【連載】チコちゃんに叱られる! 「ひつまぶし」と「ひまつぶし」の見間違えについてのちぐはぐな解説

 昨日に続いて、1月10日(金)に初回放送された表記の番組についての感想・考察。本日は、
  1. 深海魚が光るのはなぜ?
  2. なぜ子どもはぬいぐるみを好きになる?
  3. ひつまぶしとひまつぶしを見間違えるのはなぜ?
という3つの話題のうち最後の3.について考察する。

 放送では、ひつまぶしとひまつぶしを見間違えるのは「そのほうがお得だったから」が正解であると説明された。心理学を教える有賀敦紀さん(中央大学)&ナレーションによる解説は以下の通り【要約・改変あり】。
  1. 本を読んでいる時や看板を見た時に別の言葉と見間違えることがある。例えばスポーツ新聞の見出しの「粉骨砕身」という4文字を「ふんさいこっせつ(粉砕骨折)」と見間違えたりする。また「東海大相模(高校)」を「東海大相撲」と見間違えたりする。
  2. こうした見間違えは、人間の脳が「見間違えたほうがお得」と脳が本能的に判断しているから。これは私たちの脳で『トップダウン処理』が行われているため。

    ●『トップダウン処理』とはすでに持っている知識をもとにして見ているモノや読んでいる文字を素早く都合のよいように解釈すること。

  3. 例えば山道を歩いている時にロープをヘビと見間違えることがある。この場合のトップダウン処理は、身を守るための防衛本能が働くことによって起こる。山道で細長いものを見た時、過去の知識からヘビの可能性があると脳が直観的に判断。これは襲われる危険を回避するために、ヘビの可能性のあるものを「ヘビ」と素早く判断したほうが都合がいいからで、身を守るための防衛本能として脳に備わっている。
  4. 人にとって、危険なモノを危険ではないと間違えるよりも、危険では無いモノを危険と間違えたほうが生上で有利。つまり「見間違えたほうがお得」。
  5. 大昔、人類は凶暴な動物に襲われるリスクを常に背負いながら生きていた。一瞬の判断の遅れが命取りになる状況の中で、木陰に潜む謎の影や風が巻き起こす物音を危険な動物と間違えるトップダウン処理が働く。生命の危機を素早く回避できるほうが得だと本能的に判断してきた。
  6. やがてより大きな知識を蓄えるようになった人間は、目にするモノに対して自分の経験した知識を素早く当てはめるようになり、見間違いも起こすようになっていったと考えられている。
  7. スポーツ新聞の見出しの「粉骨砕身」を「粉砕骨折」と見間違えるのは、選手を心配する気持ちと、スポーツ選手とケガという結びつきやすい知識から、脳が素早くトップダウン処理をして間違えた可能性がある。
  8. 「ひつまぶし」を「ひまつぶし」と見間違えるのも、「ひつまぶし」よりも「ひまつぶし」のほうが文字として見た時に馴染みがあるので、素早さ優先で脳がトップダウン処理をしてしまうと考えられる。
  9. こんなふうにして、人はトップダウン処理を行いながらよりスピーディに目の前のものが危険かどうか、あるいは得かどうかを判別しながら生きている。

 放送では続いて、日常のあちこちで我々が無意識に行ってしまう「トップダウン」の事例が紹介された。
  • ぷ。」は日本人であれば「ぷ」と「。」に見えるが、平仮名を知らない外国人にはボウリングをする人のイメージのように見える。
  • 「HEY NOW DON'T DERAM IT'S OVER」という文のアルファベットをデフォルメしたフォントで記すと、普段アルファベットを使う外国人の場合はトップダウン処理が働き英語だと認識するが、アルファベットよりもカタカナに馴染みのある日本人は素早くカタカナだと判断するトップダウン処理が行われてしまうため、判読できない。【「Electroharmonixフォント」の紹介記事参照】。
  • 「えき でんしゃ せんろ とうきょう うえの いぶけくろ しんじゅく よよぎ よつや おちゃみのず かんだ よこはま かさわき しがなわ おおさき」を速く読もうとすると「いぶけくろ」、「おちゃみのず」、「かさわき」、「しがなわ」を、それぞれ「いけぶくろ」、「おちゃのみず」、「かわさき」、「しながわ」というように読み間違える現象が起こる。
  • 人間の脳は書かれた字【←聞き取り困難】や文章が間違っていても過去に得た知識や周りの情報を使って正しく解釈する。たとえ文字が間違っていたとしても電車にまつわるそれまでの知識からトップダウン処理が働き正しく読もうとする。
  • チコちゃんの番組に関しては「チコちゃんに叱られる」を「チコちゃんに叩かれる」と言われることがある。
  • 【補足説明】VTRでは「危険を回避するためにトップダウン処理が行われる」と紹介したが、逆に道に落ちている瓶のフタなどをお金に見間違えるというポジティブ方向の見間違いも起こる。これは「お金だったらうれしい!」という願望によって「そのほうがお得だから起こる」トップダウン処理である。





 ここからは私の感想・考察を述べさせていただくが、今回の解説は全体としては知覚の情報処理に関する知見を分かりやすく伝えてくださるという内容ではあったものの、もとの疑問である「ひつまぶしとひまつぶしを見間違える」理由とはあまり関係のない「ロープをヘビと見間違える」、「粉骨砕身を粉砕骨折と見間違える」といった例が冒頭に出てきて「リスク回避」、「お得だから」と説明してしまったために、ちぐはぐな構成になってしまったように思わざるを得ないところがあった。
 ここで、「見間違え」がどのような条件のもとで生じるのかについて思いつくままに挙げてみると以下のようになる。但し複合的に働く場合もある。
  1. 単に視力が弱いことによる見間違え。私の場合、加齢による視力低下が進み、しばしば数字を見間違えることが増えてきた。
  2. 視覚の生理的なメカニズムにより生得的に見間違える例。多くの錯視の事例【一部の錯視は経験的要因によって起こるという説もある】。
  3. 経験的要因による見間違え。新奇な文字列は熟知した文字列に読み間違えやすい。
  4. サバンナや密林といった危険が多い場面でのリスク回避。心霊スポットやお化け屋敷なども。
  5. 食べ物や水が不足している文脈での見間違え。蜃気楼がオアシスに見えてしまう。
 「ひつまぶし」を「ひまつぶし」と見間違えるのはおそらく上記の3.に該当する。放送でもこの部分に関しては、

「ひつまぶし」よりも「ひまつぶし」のほうが文字として見た時に馴染みがあるので、素早さ優先で脳がトップダウン処理をしてしまうと考えられる。

というように「馴染みがあるから」と説明されておりこれだけで充分かと思う。いっぽう正解とされた「そのほうがお得だったから」というのは全く関係が無く、蛇足であった。そもそも「ひつまぶし」を「ひまつぶし」と見間違えたところで何かが得になるわけではないし、リスクが回避されるわけでもない。

 だいぶ前のことになるが、リスク回避に有用な見間違えに関しては、2012年8月頃に、TEDのトークの中の

●Michael Shermer (2010).The pattern behind self-deception.

をリンクしたことがあった。興味深い例が多数紹介されている。

 一般論としては見間違え(もしくは正しい判断)は信号検出理論でいう、ヒット、ミス、フォールス・アラーム、コレクト・リジェクションという4通りの結果をもたらす。サバンナや密林のような危険な文脈では、ミスは命取りになるので、フォールス・アラームがあっても無駄にはならない。大地震の警戒や、がん検診も同様。もちろん見間違えがゼロであるにこしたことはないが、より正確に情報処理をしようとすればするほど時間とコストがかかる。外界からの無数の情報をすべて処理するわけにはいかないので、大まかな特徴だけから判断せざるをえない。これは、ATMでのお札の鑑別、あるいは、顔の認識、それぞれの言語における音声処理についても当てはまる。

 今回の放送では「そのほうがお得だったから」が正解であると説明されたていたが、何をもってお得であるとするのかもう少し考えてみる必要がある。この意味はおそらく、

●見間違えた場合(フォールス・アラーム)は得にはならないが、ごくわずかながら見間違えにならない場合(ヒット)もある。ヒットになった時に命拾いできたり大金が獲得できたりすれば、見間違えのコストを考慮してもトータルでお得になる。

という意味かと思うが、人間や動物がそのような損得計算をいちいちやっているとは思えない。そうではなく、

●外界から取り込まれる情報は無数にあるためすべてを処理するには膨大な時間がかかる。それよりも、短時間のうちに大ざっぱに処理したほうが素早く対応できるという点でメリットが大きい。見間違え(フォールス・アラーム)をどこまで受け入れるのかは、ヒットやミスの場合の結果の大きさに依存する。

というように処理時間を早められることのメリットになるのではないかと思う。また、上にも述べたように、見間違いの起こりやすさは、現場がどのような文脈に置かれているのかに依存する【食物や水を求めているのか、サバンナや密林で危険に晒されているのか、など】。ひつまぶしを食べたいと思っている人が街中で「ひまつぶし」と書かれた看板を見かければ「ひつまぶし」と読み間違える可能性が高まるが、そもそも「ひまつぶし」という看板があるとは思えない。

 繰り返しになるが、「ひつまぶし」を「ひまつぶし」と見間違えたところで、何もお得にならないしリスク回避にもならない。単に「ひまつぶし」のほうが熟知語であるゆえに間違えるだけであると思われる。