じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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 1月18日の夕刻、日没から18時頃までアトラス彗星(C/2024 G3)の観測にチャレンジしたが、あいにく南西〜西南西方向の低山の上に雲が居座っており、双眼鏡を使っても確認することはできなかった。
 写真上は岡山では珍しくない「偽彗星」。正体は飛行機雲で、少なくとも3つ見えていた。雲が無ければアトラス彗星も同じように見えるはずだが、こんなに明るくはないかも。
 写真下は、18時前に撮影した金星と土星。こちらによれば、離角は約2.2度で、満月の見かけの直径(約0.5度)の約4倍の距離に相当する。


2025年01月19日(日) )




【連載】チコちゃんに叱られる! 「三日月形のクロワッサン」

 昨日に続いて、1月17日(金)に初回放送された表記の番組についての感想・考察。本日は、
  1. なぜデパ地下は地下にある?
  2. クロワッサンはなぜこの形?
  3. 【こんなんのコーナー】自分の指と他人の指を同時にこするとなんか気持ち悪い現象
  4. なぜふりがなを「ルビ」という?
という4つの話題のうち、2.について考察する。

 クロワッサンの形の由来については、放送では「オスマン帝国に戦争で勝ったから」が正解であると説明された。フランスの文化に詳しい宇田川政喜さん(日仏料理協会会長)&ナレーションによる解説は以下の通り【要約・改変あり】。
  1. クロワッサンは生地にバターを重ねて焼いたパリッとした食感のパン。
  2. 形は、三日月形とひし形があるが、先に生まれたのは三日月形。
  3. クロワッサンの誕生には、オーストリアのパン職人たちが起こした奇跡の物語がある。
  4. 17世紀、オーストリア・ウィーンでは、パン職人たちが地下の工房で深夜までパンの製造に励んでいた。すると、壁の向こうから何やら音が聞こえ、しだいに近づいてきた。
  5. 1683年、オーストリア・ウィーンは第2次ウィーン包囲という進撃作戦によりオスマン帝国に包囲されていたが、オーストリアの堅い守りで2か月均衡状態が続き、痺れを切らしていたオスマン帝国軍は、オーストリア人が寝静まった深夜に地下トンネルを掘って市内に侵入しようとしていた。
  6. オスマン帝国軍が掘ったトンネルは偶然にも地下室のパン工房近くまで掘り進んだ。パン職人たちは、念の為、軍隊へ報告。トンネルが発見されたことでオスマン帝国軍の侵入を食い止めることができた。
  7. そのパン職人の功績を高く評価した皇帝は新しいパンを作る権利をパン職人に与えた。パン職人がオスマン帝国軍への勝利を記念して作ったパンの形は「オスマン帝国を食べてやった」という意味を込めて、当時のオスマン帝国の旗にある三日月形のマークを真似ていたた。
  8. 三日月形のパンはオーストリアの母国語であるドイツ語の「三日月」を意味する「キッフェルン」と名づけられた。但し、当時のキッフェルンは製法も食感もロールパンに似ており、現在のクロワッサンとは異なっていた。
  9. 1770年、オーストリアからフランス・ルイ16世のもとに嫁いだマリー・アントワネットは、医師・美容師・馬車係など多くの職人たちをフランスに連れてきた。その中にはパン職人も含まれていた。マリー・アントワネットがベルサイユでキッフェルンの製造を命じたことで、オーストリアからフランスに伝わった。
  10. 1830年代後半、パリにできたパン屋さんがキッフェルンを売り出したことでフランス国民に広く知られる存在になった。
  11. キッフェルンをもとにクロワッサンが誕生したのは20世紀初め。パリの職人によって造られた。1915年発行のフランスのレシピ本には、「No 772. Croissants」という項目で「生地を麺棒でのばし、残りのバターを使い生地の中央に塗る。クルクルと巻き四つ折りにする。」という製法が紹介されている。但し、キッフェルンと異なるクロワッサンの製法を誰が発案したのか、詳しいことは分かっていない。
  12. クロワッサンはフランス語で「三日月」を意味する。つまり、オーストリア生まれ、フランス育ちと言うことができる。
  13. 【補足説明】クロワッサンはもともと、「マーガリン:三日月形、バター100%;ひし形」という区別があった。今でもそのような分け方をしている店もある。

 ここからは私の感想・考察を述べさせていただくが、まず、放送とほぼ同じ内容の歴史は、ウィキペディアにも記されており、よく知られているようだ。抜粋させていただくと以下のようになる。
  1. 1683年にトルコ軍の包囲を打ち破ったウィーンで、トルコの国旗の三日月になぞらえたパン、クロワッサンを焼き上げたという伝承があるが、これは事実に反する。
  2. 20世紀初頭のフランスの料理本にクロワッサンの調理法が現れたが、それ以前のレシピは一切発見されていないという。前記の伝承が広まったのは1938年に Larousse Gastronomique の初版本を出版したアルフレッド・ゴットシャルクによるところが大きいという。この本の中ではこの伝承に加え、1686年にオーストリアハプスブルク家がブダペストをトルコ軍から奪回した際に作られた、という伝承を紹介している。
  3. マリー・アントワネットがオーストリアから嫁いだ時に、その製法がフランスに伝えられたという逸話がある。その頃ヨーロッパ中で最も権力のあったハプスブルク家のオーストリア宮廷では、全ての分野でヨーロッパ最高の職人を雇っていた。パン職人は、その頃最も評判の良かったデンマークのパン職人が担当していた。マリー・アントワネットがフランスに嫁いだ時、デンマークのパン職人も同行し、デニッシュ・ペストリーの生地で作ったのが最初のクロワッサンだとされている。
 もっとも、伝承の1つであるオーストリアやオスマン帝国の話とは無関係に、デニッシュ・ペストリーの生地で作ったいろいろな形のパンのうち、三日月(Croissant)の形のパンがたまたま売れ行きが良かったことで広まったという可能性もあるように思う。

 もし、当初のキッフェルンが「オスマン帝国を食べてやった」という意味でありクロワッサンの由来であったとすると、クロワッサンはトルコの敗北を暗示するため、トルコでは現在も造られていないはずだ。ということで、東トルコを旅行した時、朝食バイキングの際にクロワッサンが提供されていたのかどうか、毎朝食時の写真をチェックしてみたが、私が選んだパンに限ってはクロワッサンは含まれていないことが分かった。もっとも、私が選んでいなかったとしてもホテルの朝食バイキングでは提供されていた可能性はある。
 念のためネットで検索したところ、こちらに関連情報があり、「シリアのアレッポではイスラム原理主義者がクロワッサンの作る・食べるを禁じるということが起きた。」という記事があるいっぽう、こちらには『The 15 Best Places for Croissants in Istanbul』が紹介されているという【但しザッと写真を見た限りでは、三日月形ではなくひし形のクロワッサンばかりのようにも見える】。

 なお、食べ物の形に関しては、2020年10月30日の日記で「なんでドーナツには穴があいているの? 」という話題を取り上げたことがあった。その時に述べたことを再掲すると、
 この「チコちゃん」の連載では何度も主張しているところであるが、

・○○はなぜ××なのか?

という疑問は、その起源、つまりそれが始まったきっかけを調べてもそれだけで解明したとは言えないことが多い。本当に必要な分析は、

・○○が今も××であるのはなぜなのか?

ということである。ドーナツに関して言えば、

・起源はどうでもいい。なぜ穴の空いたドーナツが今も造り続けられているのか?

を解明することが重要と言える。私が推測するには、やはり、中空のほうが揚げやすい、食べやすい、という利便性にあるのではないかと思われる。
となる。クロワッサンの一部が三日月形についても、起源ではなく、なぜいまの時代にそのような形で作られているのかを解明する必要がある。考えられる理由としては、
  1. 三日月形のほうが細いところから口に入れるのでかぶりつきやすい。もしくは皮がこぼれにくい。
  2. 製法上の理由。もっとも三日月形でないクロワッサンもあるので何とも言えない。
  3. 見た目の美味しさ。これまた、三日月形でないクロワッサンもあるので何とも言えない。
 もっとも食事のマナーから言えば、1.のかぶりつきはNG。こちらにマナーが紹介されており、かぶりつきのほか、
  • パンを高く持ち上げた状態でちぎるのはNG
  • ふんわりちぎるのはNG
  • 皿に落ちたパンくずを無理やりパンにくっつけて食べるのはNG
などがNGとされていた。

 いずれにせよ、私自身は、クロワッサンが美味しいかどうかという以前に、クロワッサンのような脂肪分の多いパンは健康寿命を縮めるのではないかという懸念が先行してしまう。クロワッサンは近隣の格安スーパーでも自家製造品が売られているが、どんな脂肪分が使われているのか安心できない。もっと言えば、食パンを含めて、パン類は普段は食べないようにしている。

 次回に続く。