【連載】チコちゃんに叱られる! 「なぜ将棋の駒はあの漢字?」/変わりダネ将棋いろいろ
昨日に続いて、6月13日(金)に初回放送された表記の番組についての感想・考察。本日は、
- 驚くことを「目が点になる」と言うようになったのはなぜ?
- なぜエレベーター待ちはイライラする?
- なぜ将棋の駒はあの漢字?
という3つの話題のうち、最後の3.について感想・考察を述べる。
この3番目の話題は、より正確には
●将棋というと戦いのイメージがあるが、戦いに関係の無い「桂」(桂馬)、「香」(香車)、「金」(金将)、「銀」(銀将)、というように戦いに関係の無さそうな漢字が使われているのはなぜか?
という疑問であった。放送では「戦争のゲームなのに争いを好まない人たちがやっていたから」が正解であると説明された。将棋の歴史に詳しい古作登さん(大阪商業大学)&ナレーションによる解説は以下の通り【要約・改変あり】。
- 将棋の駒に使われている「香」や「桂」は宝物を表している。さらに「銀」、「金」、「玉」も宝物っぽい。しかしだからと言って「宝物を取り合うゲーム」ではない。将棋の本質はあくまで戦いを表すゲーム。宝物の漢字を用いたのは戦いであることをカモフラージュするため。
- カモフラージュする必要があったのには仏教が大きく関係している。
- 日本の将棋の起源と考えられているのはインドの『チャトランガ』というゲーム。チャトランガでは、王、兵、象、馬、車などの駒を使い、相手の王を先に取ったほうが勝ちとなる。将棋だけでなく、チェスやシャンチーなどさまざまなゲームの起源だとされている。
- 経路については諸説あるが、チャトランガを起源とするボードゲームは少なくとも平安時代には日本に伝わり将棋に変化した。
- 平安時代のことが書かれた『二中歴(にちゅうれき)』を見ると、当時は現代の将棋から飛車と角行を除いた6種類の駒が使われていたことが分かる。また、『玉将』のみが使われていた。
- 平安時代に将棋を指していたのは、主に貴族や僧侶であった。じっさい多くの将棋資料はお寺やお寺の跡地で発見されている。
- 平安時代は貴族の多くが仏教徒であったことから、僧侶を含めて、多くの仏教徒が将棋を指していた。
- しかし将棋の本質は戦いであり、争いや暴力を否定する僧侶たちが戦いのゲームで盛り上がるというのは印象がよくなかったのではないか。そこで宝物を表す漢字を駒につけ、戦いの印象をカモフラージュしたかったのではないかという考え方が最近研究者のあいだで有力視されている。
- それぞれの駒の文字は以下のような意味を持つ。
- 玉将の「玉」:琥珀などの宝石
- 金将の「金」や銀将の「銀」:高級金属
- 桂馬の「桂」:肉桂。シナモンに似た植物。肉桂の皮は『桂心』と呼ばれ、薬や香辛料に使われていた。
- 香車の「香」:白檀などの香りを楽しむ香木。
これらはいずれも仏教の儀式のお供え物であり、仏教関連の宝物であった。
- 当初の玉、金、銀、桂、香、歩だけではダイナミックに動く駒がなかったためなかなか勝負がつかず人気が出なかった。
- そこで将棋を面白くするために駒の数を増やしていった。
- 『平安大将棋』:駒は13種類。角行に相当する『飛龍』が誕生。
- 『大将棋』:駒は全部で29種類。飛車や角行も加わった。
- 『大局将棋』:現在見つかっているもののなかで最大。200種類以上の駒。1回の自分のターンで2回動かすことのできる『獅子』や、玉将の隣に位置し玉将が取られてもこの駒があれば負けないという『太子』といった駒があった。また『麒麟』や『鳳凰』といった伝説上の生き物のほか、『牛将』、『馬将』、『豚将』といった馴染み深い動物、『大亀』や『小亀』といった小動物の名の付いた駒があった。しかし駒が多すぎて対局に時間がかかりすぎる(3日間)といった問題があった。
- その後『持ち駒』が発明され、少ない種類の駒でも奥深くなった。
ここからは私の感想・考察を述べる。
まず上掲でも紹介されているように、現在の将棋以外にもいろいろな将棋が考案されてきた。上掲以外でよく知られているのは、
- 大将棋;15×15。駒は29種類。持ち駒の概念はない。主に平安大将棋から派生して誕生したものと考えられている。あまりに大規模なため実際に指されていたかの疑惑もあったが、鎌倉時代には普及していたことが明らかになっている。
- 中将棋:12×12のマス目。駒は21種類。持ち駒の概念はない。「14世紀頃には普及した」とあるので、平安時代の将棋よりは後に登場したようだ。駒の中には香車はあるが桂馬は見当たらない。
- 小将棋:平安将棋から本将棋が確立する間。9×9。駒は10種類。持ち駒の概念はない。
また、最近になって新たに考案された将棋(あるいはルール)としては、
- 変則将棋
- 「ゴールデン将棋」と「4人将棋」
- どうぶつしょうぎ:使用する駒は、「ライオン」「ぞう」「きりん」「ひよこ」の4種類。東京大学情報基盤センター准教授の田中哲朗は、コンピュータを用いた「起こりうる全局面(2億4680万3167局面)」の解析により(計算時間はパソコンで5時間半)、両者が最善を尽くした場合(二人零和有限確定完全情報ゲームも参照)、78手で後手の勝利となる、すなわち、後手にミスがない限り後手必勝となるという結果を2009年6月に発表した。
以上のほか、ウィキペディアでは多数の「将棋類」が紹介されている。中には『アンパンマンはじめてしょうぎ』というのもあり、卒論研究まで公開されている。
日本将棋では持ち駒が採用されているが、ウィキペディアによれば、西洋のチェスや中国のシャンチーなど、世界各国の将棋に類するチャトランガ系統のボードゲームの中で、持ち駒ルールを採用しているのは日本の本将棋と禽将棋(とりしょうぎ)だけであるという。日本の本将棋が、いつ頃に持ち駒再使用のルールを採用したのかは解明されていない。通説も含め、大きな説は4つに分けられる。ウィキペディアではさらに、以下のような興味深いエピソードが記されていた。
太平洋戦争の直後、日本を統治していた連合国軍最高司令官総司令部 (GHQ) が、相手から奪った駒を味方として再利用する将棋を、捕虜を虐待する野蛮なゲームとして禁止しようとした。それを知った升田幸三は「将棋の駒の再利用は人材を有効に活用する合理的なものである」「チェスは捕虜を殺害している。これこそが捕虜虐待である。将棋は適材適所の働き場所を与えている。常に駒が生きていて、それぞれの能力を尊重しようとする民主主義の正しい思想である」「男女同権といっているが、チェスでは王様(キング)が危機に陥った時には女(クイーン)を盾にしてまで逃げようとする」とGHQに直談判したという。
AIの進歩により近い将来、日本将棋の先手必勝法とか、どんな最善手を指しても千日手にはまり込むような手が発見される可能性がある。但しその場合も、当面はルールの変更で凌げるだろう。例えば、
- 先手必勝法が発見された場合:後手には開始時から持ち駒として歩を1枚与える。
- 京都将棋(5×5マス)のように、一手ごとに駒を裏返すことで複雑化する。
など。
次回に続く。
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