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じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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 今季3度目の花をつける「スーパー胡蝶蘭」。7月上旬【実際は6月から】から1回目の花茎を伸ばし、今回が3回目となる。5か月以上の開花というのはスゴい。

2025年10月16日(木)




【小さな話題】ケンボー先生と山田先生~辞書に人生を捧げた二人の男~(10)『新明解』と『三国』の分離

 昨日の続き。

 これまで記してきたように、三省堂が発行する国語辞典には2つの流れがあった。
  1. 『明解国語辞典(明国)』→『新明解国語辞典(新明解)』
  2. 『三省堂国語辞典(三国)』
 このうち1.の『明国』は、1939年、金田一京助の推薦を受けた見坊豪紀(24歳)が三省堂面接室で3つの編集方針を語ったことに始まる。同級生の山田忠雄は見坊の依頼により辞書作りに関わるようになった。『明国』は1952年に改訂版が出たが、1960年以降、見坊が用例採集に多くの時間を割いたため『明国』の三訂版編集が滞るようになり、改訂版の早期出版を望む三省堂側の事情もあって、山田忠雄がほぼ一人で編集した『新明解』が世に出ることになった。こうしてみると、見坊が用例採集にハマらなければ『新明解』は、少なくとも三省堂の辞書としては出版されなかったであろう。

 いっぽう、『三国』のほうは1960年に見坊たちによって新たに出版されたもので【但し『明国』と同様、こちらも「金田一京助編」となっていて表紙には見坊の名前は無い】、中学生向けの学習辞書という位置づけであった。なので、『三国』と『明国』は競合せず、友に売り上げを伸ばした。『三国』は現代語を積極的に採用するという特色もあった。『三国』は現在でも版を重ねており、チコちゃんの番組にもたまに解説者として登場する飯間浩明さんなどの手で刊行が続いている【最新版は2022年1月10日発行の第8版】。

 ということで『明国』のほうは1952年発行の第二版までで『新明解』にバトンタッチしたことになるが、今回の放送によれば、見坊の家の段ボール箱には、

明国三訂版[=1新明国] 見坊仮編集主幹時代の基礎原稿(金田一春彦担当)

と記された原稿が残されていた。別の場所には「95.9.24 とっておいて欲しい」といったメモ書きもあった。このように『明国三訂版』は無念の未刊行となったが、『新明解』登場の2年後の1974年に刊行された『三国』第二版では見坊が採集した1万2000語が新規項目として追加され、ワードハンティングの成果となった。
なお、『三国』第二版の『ば』の項目には、

④話題をもちだすときに使う。「山田といえ━、このごろ会わないな」

という気になる用例がある。この用例は第七版にも残されていた。

 その後、見坊と山田の溝は埋まらす、辞書の名義を分けることになった。『三国』三版からは山田の名前が、また『新明解』四版からは見坊の名前が消えた。

 1981年、『新明解』第三版が出版され、ユニークな語釈が話題を呼んだ。その中でも有名なものとして、『恋愛』の語釈があった。

恋愛:特定の異性に特別の感情をいだいて、二人だけで一緒に居たい、出来るなら合体したいという気持ちを持ちながら、それが、常にはかなえられないで、ひどく心を苦しめる。(まれにかなえられて歓喜する)状態。

 この語釈を書いた理由を山田は自身の著作で明らかにしている。当時の辞書では単なる言い換えによる語釈を批判し、

言いかえだけではなくて「文による語釈」それをできるだけ多くしたいと考えた。

 なお、私が調べたところ、第七版の『恋愛』の語釈は以下のようになっている。

特定の異性に対して他の全てを犠牲にしても悔い無いと思い込むような愛情をいだき、常に相手のことを思っては、二人だけでいたい、二人だけの世界を分かち合いたいと願い、それがかなえられたと言っては喜び、ちょっとでも疑念が生じれば不安になるといった状態に身を置くこと。

 放送ではもう1つ『動物園』の語釈が挙げられていた。

生態を公衆に見せ、かたわら保護を加えるためと称し、捕らえて来た多くの鳥獣・魚虫などに対し、狭い空間での生活を余儀無くし、飼い殺しにする、人間中心の施設。【第四版】

なお、私が調べたところ、ちなみに第七版では次のように修正されていた。

●捕らえて来た動物を、人工的環境と規則的な給餌(キユウジ)とにより野生から遊離し、動く標本として一般に見せる、啓蒙(ケイモウ)を兼ねた娯楽施設。

 『新明解』の語釈は「偏見・差別“明解”過ぎて・・・』などと厳しい批判に晒されたことにあった。山田はこれについて、
ものにはプラスとマイナスの評価が相伴うものである。それが真の意味の具体的存在である。これは私の信条になっている。
 みんながほめるものは八方美人で、それは別の意味においてよくないものである。 悪いところがあればいつでもそこは直せばいいと思っています。
と語っている【句読点・改行の改変あり】。


 次回に続く