じぶん更新日記1997年5月6日開設Copyright(C)長谷川芳典 |
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12月10日の夕刻、今季3度目の『京山皆既日食現象』を眺めることができた。12月11日の天気予報は曇、12日は日没の方位が南に移動して観察地点では旧・京山タワーと重ならなくなるため、今季の観察チャンスは12月10日が最終日だったということになりそうだ。
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【小さな話題】3か月でマスターする古代文明(10)狩猟採集なのになぜ巨大建造物? 12月10日に続いて、表記の番組第1回; ●(1)衝撃!最古の巨大遺跡 見直される“文明の始まり” について考察する。 まず今回取り上げられたギョベックリ・テペだが、ウィキペディアによればこの遺跡は、「トルコ共和国のアナトリア南東部、シャンルウルファ(旧名・通称ウルファ、古代名エデッサ)の北東12km郊外の丘の上にある」という。実はこのウルファには2010年8月に訪れたことがあった【こちらにアルバムあり。】 遺跡自体は見学できなかったが、どんなところかはだいたい思い出すことができる。 さて、この話題の最大の謎は、狩猟採集の時代になぜこのような巨石の構造物を造る必要があったのか? という点にある。放送で語られた説は以下のようなものであった【要約・改変あり】。
ここからは私の感想・考察を述べる。 まず、ギョベックリ・テペの文明が5000年後のメソポタミア文明に何の影響も及ぼさなかったとすると、両者には何の繋がりもないゆえ、前者は異次元の世界の文明であると考えてもよいことになるように思う。 チコちゃんの番組に関して述べたように【12月8日の日記参照】、単に「古文書に同じ言葉があった」という証拠を示すだけでは語源や由来の説明としては不十分。意味や用法を変えながら今の時代に受け継がれてきたというのであれば「語源」として説明可能であるが、その一方、「その言葉は400年前に使われていたがその後廃れた。戦後、テレビCNの中でその言葉が使われるようになり広まった。」という場合は、語源・由来は400年前ではなく戦後のCMに求めるべきであろう。 ギョベックリ・テペやカラハン・テペが祭祀を行ったり集団で集まったりする施設であったことについてもイマイチ分からないところがあった。巨大な建造物を造るには相当な資源(材料や人的資源)が必要になるはずだが、科学的に見れば、お祈りをしてもしなくても災害や飢饉に襲われる確率は変わらない。それを承知の上でお祈りをすることにはどのような意味があるのだろうか。 次に殆どの文明が宗教が重視されるようになったのはなぜか? これはおそらく、
次回に続く。 |