【思ったこと】
980519(火)[一般]カップめんの容器と環境ホルモン 5/18の朝日新聞に「カップめんの容器は、環境ホルモンなど出しません。」という全面意見広告が掲載されていた。掲載したのは(社)日本即席食品工業協会(この話題に直接関係のあるホームページはこちら。新聞意見広告と同じ文章はこちらにある)。この広告、ひとことで言えば「カップの容器は安全である」というアピールするための広告のようであるが、さて、その説得効果はいかなるものだろうか。苦労して広告を作った方には申し訳ないのだが、私にはどうも逆効果のような気がしてならない。 念のため申し上げておくが、私はこの方面については全くの素人なので、ここでカップめん容器の安全性自体を云々することはできない。以下はあくまで、広告の内容についてのアピール効果や説得のロジックを問題にしているだけであることにご留意願いたい。 まず、内容はともかく一般論として考えてみるが、「カップ麺は安全」という広告を読む読者には、「a.一部の『危険』報道にも関わらず、カップ麺は安全だと思っている人」、「b.一部の『危険』報道の影響を受けて、カップ麺は危険であると考えるようになった人」、「c.安全論議のことを何も知らなかった人」の3通りがあるはずだ。このうちa.の人は現時点で安全性を確信しているわけだから、広告を出す意味はあまりない。 問題はc.の人の目に触れた場合の影響である。じつは、私自身、最近あまり新聞を読んでいないこともあって、こういう議論が起こっていることを知らなかった。妻に聞いてみたがやはり知らなかったそうだ。したがってこの問題に注意を向けさせること自体、いままで何も知らずにカップめんを食べていた人に余計な不安を与える恐れがありはしないか、と思ってみたりする。 さて広告の中身であるが、広告はまずカップめん容器に微量の「スチレン何たら」が含まれていることを認めた上で、
確かに、これを念入りかつ正確に読めば、たぶん安全であろうという気持ちにはなってくるわけだが、大方の人は、業界の利益を守る立場にあると思われる団体がいくら正直にデータを公表しても、何か未確認の部分が隠されているのではないかとか、環境ホルモンは大丈夫と言っても、発ガン性や催奇性やアルツハイマーへの影響などについては何もふれていないではないかといった、割引したものの見方をするに違いない。(新聞広告には触れられていないが、こちらのページには「、「スチレンモノマー」には、発癌性、催奇形性、体内蓄積性はありません。」と書かれている。) 意見広告の論点にも今ひとつはっきりしない所がある。例えば、上記の2.で“「スチレンダイマー」と「スチレントリマー」が溶けだした実証例は無い。”と述べているが、その主張を受け入れるならば、1.や3.に触れる必要はない。要するに「Aという物質は溶けだしません」と言うならばAが溶けだした時の話までする必要はない。上の記述は「仮に溶けだしても安全ですよ」と言いたいらしいのだが、「仮に」と言われると、もしかしたらそういう場合もあるのかと思わせる逆の効果が出てしまう。 少々脱線するが、不定期連載中の「心理学の実験で分かること分からないこと」というシリーズ[例えば4月12日の日記]で論じたように、実験の結果は、かならずしも1つの仮説の検証にはつながらない。「Aという物質はゼッタイに溶けだしません」という仮説を否定するには、溶け出すことを示した実験一例があれば事足りるが、逆に肯定するためには種々の条件下で確認作業を進めていく必要があるだろう。次に「スチレンモノマー」だが、消費者が関心をもつのは、それが環境ホルモンに相当するかどうかではなくて、その物質が安全かどうかということにつきる。ところが、広告では、それがカップめん一杯に5マイクログラム含まれていることを認めた上で、「これは環境ホルモンでない」と述べているに過ぎない。「大気中にも存在しており1日に15マイクログラム以上摂取される」とは言っても、1日に3杯食べれば通常の2倍もこの物質を摂取することになる。今は安全であると言われても、将来、別の病気の引き金になると指摘される恐れが皆無とは言えず、これでは読者に安心感を与えるには不十分な情報しか伝わって来ない。 妻も言っていたが、「私たちは、環境ホルモンに関して持ちうるすべての情報を開示する準備があります。」という広告の終わりのほうの部分には誠実な態度が感じられる。しかし、どうも広告全体には蛇足というべき冗長な主張が多すぎていて、結果的に別の不安を懐かせることになりはしまいか、とちょっと気になった。 |
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