じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Y.Hasegawa


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[今日の写真] ビロードモウズイカ(「ビロード(天鵞絨)」+「モウ(毛)」+「ズイカ(蕊花)」)。幕末から明治にかけて紡績工場が作られ、その際に輸入した綿花についてきたといわれる帰化植物だという。大学構内の一部では野生化しているが、ここにあるのは品種保存のため育てられているもののようだ。



6月7日(水)

【思ったこと】
_00607(水)[心理]しごと、余暇、自由、生きがいの関係を考える(その5):介護を受ける意味と「畳の上で死にたい」

 共済組合から介護保険の仕組みを説明するパンフが配られていた。そういえば、今年の4月から、給与明細書のところに介護掛金の項目が追加され、すでに天引きが始まっている。パンフによればこれから64歳までは第2号被保険者として、さらに65歳以上になれば第1号被保険者として介護保険料を払い続けることになるようだ。

 そもそも介護保険とは何か? このパンフ(文部省共済広報・号外)によれば
 高齢化の進行とともに加齢に起因する疾病病等により、介護を必要とする者が増大し続け、これまでのシステムでは適切な対応が困難となってきたため、介護を要する状態になってもできる限り、自宅で自立した日常生活を営めるように、必要な介護サービスを総合的・一体的に提供する利用者にとって利用しやすい制度です。
 介護問題はだれにでも起こり得ることがらであり、自己責任の原則と社会的連帯の精神に基づき、40歳以上の全国民で公平に制度を支える仕組みとなっています(介護保険法第1条)
となっている。また、パンフの別の場所には、
.....介護が必要になっても、残された、残された能力を生かして、できる限り自立し、尊厳を持って生活できるようにすることは、私たちの願いです。しかし現実には家族だけで介護を行うことは非常に困難になっています。
 介護保険は介護を社会全体で支え、介護の必要な状態になった方が自らの選択により保険・医療・福祉にわたる介護サービスを安心して受けられる制度です。この制度は、市町村及び特別区が保険者となり、国・都道府県及び40歳以上の国民で支え合います。
とされている。これらの資料から、現行の介護保険制度の趣旨を私なりに理解すれば
  • できる限り自立し、尊厳をもって生活することが基本
  • できる限り自宅で自立した日常生活を営めることが基本
  • 家族だけで介護を行うことが非常に困難であるために必要とされる制度
  • 介護の認定を受けるには被保険者が自ら選択することが前提
  • 自己責任の原則と社会的連帯の精神に基づく
  • 40歳以上の全国民が公平に負担
ということになっているようだ。実態はともかく、「自立」、「自宅」、「家族」がキーワードになっていることは間違いなさそうだ。

 このことを考える上で、先週木曜日(6/1)の21時15分からに放送されたNHKにんげんドキュメント「畳の上で死にたい」は大いに参考になった。紹介されたのは、長野県伊那谷南部にある泰阜(やすおか)村。人口2200人の村に40人の介護スタッフが常駐し、村の予算2億円の1/4を介護にあてている。村道の半分は未舗装だというが、村では「土木工事よりも幸せな老後」をめざして、在宅福祉重視の政策を徹底している。そんななか、16年間に224人の方が、在宅の老後を全うして亡くなった。現在介護を受けているのは53人であるという。

 番組ではSさんとIさんという二組の老夫婦のケースが詳しく紹介されていた。このうちSさんは79歳。長年、山仕事の親方として活躍したが、現在では殆ど寝たきり。それでも奥さんと二人で何とか暮らしてきた。奥さんも必ずしも健康とは言えないので、村内の特別養護施設への入所を勧められるが一旦は拒否。しかし結局は一時的な入所を受け入れる。番組では、在宅介護を受けている時の場面、妻が一時入所する夫を送り出す場面、ふたたび帰宅し、目の見えない夫を車椅子に乗せて眺めのよい場所に連れていき、あたりの様子を言葉で伝えている場面が紹介されていた。

 もうひとつのIさんのケースでは、83歳の夫に痴呆の症状が現たため、やむなく入所を決める。妻の77歳も体の一部が麻痺しておりビール瓶を入れるケースに掴まりながら歩いていた。入所の日、妻は夫に「ここで世話になるんだよ」、「私は留守番しているから」などと言い聞かせるが、夫は殆ど無表情、果たして意味が理解できたかどうか不明だった。家に残った妻は、張り合いを失い、家に籠もりがちになってしまう。そんな妻が語ったのは
昔のように暮らせばいいが、夢だな。でも夢を持たんよりはいいがな。...人になるたけ迷惑かけんように暮らしていきたい。
そして
子どもが順に成長していく時代がいちばん楽しい。エライけど、夢中で働けるし、いちばんいいと思う
というように言葉少なげに語っていた。

 山村での在宅介護は、住み慣れた家で暮らし、慣れ親しんだ景色を眺めながら畳の上で死を迎えたいというお年寄りたちのささやかな願いを実現するものであるが、現実には、夫婦の一方が寝たきりになった時、そしてさらには、独り暮らしになってしまった時に、いろいろな別の問題が起こりうることを示唆していた。独り暮らしの場合には、家のメンテが不十分になり、寒さのために倒れているところを介護スタッフに発見されたというケースもあったという。

 このほか、この村のように自治体が100%面倒を見てしまうと、村を離れて都会で生活している息子・娘たちのあいだに「村でみてくれるなら親を任せられる」という安心感が広がり、結果的に、親子関係を疎遠にしてしまうという弊害があるのではとの声も介護スタッフから聞かれた。その根底には、山村では生計を立てにくいという若者側の事情、さらには山村が生産と生きがいの拠点ではなく僻地になってしまっているという現在の社会的な背景があるように見えた。

 このほか、一般的な問題として、
  • 若い頃の行動リパートリーを最大限に維持・継続することがお年寄りの生きがいとなるのか、それとも加齢に伴って、「もともとの仕事」から町内会の役回りやゲートボールに熱中するというように状況に応じてリパートリーを変えていったほうが生きがいになるのか。
  • 5/31の日記でふれたような、内山節氏流の「関係性重視」の生きがい論は、このような山村での老夫婦、独り暮らしの生活とどう関連づけられるのか。例えば、介護スタッフとの人間関係でも成り立つものなのか。
  • 都会の狭いアパートに住む人にとっても「自宅」は最高の死に場所になるのか
といった疑問が出てくる。次回に続く。

[6/8追記]介護保険法全文はこちらから読めます。第一条に目的として
 この法律は,加齢に伴って生ずる心身の変化に起因する疾病等により要介護状態となり,入浴,排せつ,食事等の介護,機能訓練並びに看護及び療養上の管理その他の医療を要する者等について,これらの者がその有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう,必要な保健医療サービス及び福祉サービスに係る給付を行うため,国民の共同連帯の理念に基づき介護保険制度を設け,その行う保険給付等に関して必要な事項を定め,もって国民の保健医療の向上及び福祉の増進を図ることを目的とする。
と記されているほか、第四条1項には以下のような国民の努力規定がある。
国民は,自ら要介護状態となることを予防するため,加齢に伴って生ずる心身の変化を自覚して常に健康の保持増進に努めるとともに,要介護状態となった場合においても,進んでリハビリテーションその他の適切な保健医療サービス及び福祉サービスを利用することにより,その有する能力の維持向上に努めるものとする。
【今日の畑仕事】

ブロッコリー収穫。ジャガイモとピーマンを初収穫。
【スクラップブック】