じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典

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[今日の写真]
 1月12日付の朝日新聞(大阪本社)社説の

●文系偏重問うた青い光

という見出しが目にとまった。「発明の対価」が不当に低く評価された経緯は事実であるとしても、このことから「文系偏重」を主張するには飛躍がある。むしろ「文系偏見」ではないか、これは物議を醸し出しそうだなあと思っていたところであったが、アサヒコムのほうで検索してみたところ、なんと、見出しが

●「知財立国」突く青い光

貼り替えられていたことが分かった。

 新聞記事とネット記事で見出しを差し替えることはありがちなことなのか、それとも、印刷の初期の段階でクレームがついたのだろうか。「文系偏重」という主張自体とは別に大きな謎である。



1月12日(水)

【ちょっと思ったこと】

男子新体操は感動的

 夕食時に日本テレビ系:

●笑ってコラえて体育祭 冬なのになぜアツイ!! 男子新体操

という番組の一部を視た。これまで、男子新体操という種目があること自体知らなかったが、厳しい練習、団体戦出場メンバーと補欠者の決定、怪我との戦いなど、競技に至る努力のプロセスが細かく紹介されていただけに感動的であった。

 こんな素晴らしい種目ではあるが、4年後には国体から消えることが決まっているのだそうだ。ネットで検索したところこちらに詳しい情報があった。




濱口梧陵「百世の安堵をはかれ」

 夕食後の散歩から戻ったところ、今度は、

●NHKその時歴史が動いた:百世の安堵をはかれ 安政大地震・奇跡の復興劇

 という番組をやっていた(上記urlは暫定的)。

 インド洋大津波被害の復興と防災対策が叫ばれているところでもあり、今から150年も前の先人の偉業に学ぶことはまことに意義深い。

 濱口梧陵の偉業は、単に大津波の時に避難をよびかけて97%の村人の命を救ったというだけではなかった。番組の中で河田・京都大学防災研究所教授が言っておられたように、その後の村の復興、堤防建設などのの防災対策をセットにして取り組んだというところに「百世の安堵」の本質があった。美談の一部は創作もしくは脚色されている可能性もあるが、そのことがあったとしても「百世の安堵」という発想の大切さは決して変わらない。

 なお、番組によれば、濱口梧陵は最期は米国見聞旅行中に病気でお亡くなりになったということだ。「万が一の時になって、思いをめぐらすのではなく、常日頃から非常の事態に備え、一生懸命にわが身を生かす心構えを養うべきである。」という言葉を残した濱口ではあったが、ご自分の健康管理までは注意が向かなかったのか、それとも当時の医療水準では防ぎきれなかった感染症によるものであったのか、このあたりのことは分からなかった。