じぶん更新日記1997年5月6日開設Copyright(C)長谷川芳典 |
この冬は一部で積雪が多く例年より寒いなどと言われているが、植物界では、少し前に掲載したツツジの花、昨日掲載した洋梨の実など、季節外れの妙な現象を目撃することが多い。本日掲載のテンニンギク(黄花)も、普通は6月頃から咲く花。
なお、「テンニンギク」の仲間には、こういう花もある。園芸店や種苗会社の呼称もマチマチであり、「ガイラルディア」や「オオテンニンギク」と呼ばれることもあるが、呼称の区別は各種Webサイトでも混乱している。 |
【ちょっと思ったこと】
「ご苦労様」と「お疲れ様」 月曜日のテレビ番組「平成教育2005予備校」に関する日記読みで 私が目上に人に実際に使っているのは「ご苦労様」かなあ。私自身が学生から「ご苦労様」と言われても違和感ないのだが、まだ標準語としての市民権は得ていないのだろうか。と書いたところ、読者の方から 「ご苦労様」は、上司が部下に使う言葉という情報をいただいた。 そう言われてみれば、帰宅時に同僚に会った時は、互いに「お疲れ様でした」と言葉を交わすし、学生からもそのように挨拶されることが多かった。 もっとも私個人としては、「お疲れ様でした」と言われると、「いや、そんなには疲れていないよ」、「少しくらい疲れたほうが体脂肪が減っていいんですよ」と答えたくなる。「疲れる」とは、精神的・肉体的疲労であり、「お疲れ様」と言われると、なんだかそれだけで、くたびれてきてしまうように感じる。 「ご苦労様」についてネットで検索したところ、こちらに詳しい論考があった。確かに、「殿様が家来に向かって労を労う時に「ご苦労であった」」と使うのが元々の意味であったとは思う。もっとも「ご苦労」にさらに「様」がつくことで、何となく目上の人にも使えそうなニュアンスが出てくる。少なくとも殿様は「ご苦労様」とは言わないだろう。 このほか、困難の中で、何年、何十年にもわたって努力を重ねてきたことに対しては、目上の人に対しても「ご苦労様」のほうが「お疲れ様」よりピッタリしているような気がする。「苦労」が具体的な努力を指し示す言葉であるのに対して、「お疲れ=疲労」は、努力の結果生じた心身の状態であり、比較的短時間で回復するもの」という印象が強いからだ。 |
【思ったこと】 _50118(火)[心理]「傾向がある」ことへの対策(その5)たばこ多いほど自殺の危険? 昨日の日記の続き。今回は「傾向がある」ことと「著しい差がある」ことの違いについて考えてみたい。 このことに関連して、たまたま昨日、Yahooのネットニュース(あるてみす経由)で ●たばこ多いほど自殺の危険 中年男性で、厚労省研究班(共同通信、1月17日16時31分)【元記事はこちら】 という記事を見かけた。厚生労働省研究班まとめた調査結果であり、21日から開催される日本疫学会で発表されるという。 記事によれば、
確かに比率だけみれば、喫煙本数の多い人のほうが、1.4倍あるいは1.7倍というように自殺の危険性が高まっているが、そのことで危険率が著しく高いと言えるかどうかは別問題である。 自殺者総数173人は45000人の0.38%にすぎない。上記の比率の差も、全体を分母とする限りは、せいぜい、1%未満の差ということになる。 もちろん人の命に関わることだから自殺者をゼロにするための対策は講じなければならないだろうが、喫煙が原因で自殺が増えるとは必ずしも言えない。じっさい研究班自身も「たばこと自殺の関係は未解明の点が多い。禁煙で自殺が減るかどうかも研究課題だが、喫煙本数の多い人の心の健康に注意することは、自殺予防対策に有効だろう」とコメントしているところではある。このデータからたぶん結論できるのは、
次回も引き続き、「傾向がある」ことと「著しい差がある」ことの違いについて考えていくことにしたい。 |