じぶん更新日記1997年5月6日開設Copyright(C)長谷川芳典 |
森林セラピー基地認定に名乗りを上げた新庄村・毛無山(けなしがせん)の森林(6月7日撮影)。下のほうにある写真はタスマニア原生林(2003年1月2日撮影)。なんとなくイメージが似ている。
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【思ったこと】 _60615(木)[心理]森林セラピー基地に名乗りを上げた新庄村 6月16日付けの朝日新聞・岡山版によれば、社団法人・国土緑化推進機構が取り組む「森林セラピー基地」の認定に、岡山県北の新庄村が名乗りを上げた。候補地は毛無山(けなしがせん 1218m)。すでに書類審査はパスしており、2006〜2007年中にリラックス効果を裏付ける実験にとりかかり、順調なら2008年には県内で初めての「森林セラピー基地」が誕生するという。 人間・植物関係学会2006年大会の開催者をつとめた者として、森林セラピーには以前から関心を持っていた。候補地の毛無山には、まさに、学会開催の疲れを癒すために登ったばかりであり、この日記と楽天日記にいくつか写真を掲載したところである。
上にリンクした写真にもあるように、新緑の時期は天然ブナ林、シダ、カタクリの実などあって十分に森林浴を楽しめるし、頂上からは大山が一望できる。登山愛好者の人気スポットとなることだろう。 さて「森林セラピー」という言葉で若干気になるのが、 ●今後は森林内でのウォーキング後のストレスホルモンの変化や、反応時間などをみる実験を通してリラックス効果を確かめたい という、「効果検証実験」の位置づけである。 もちろん、森林浴によって、からだにどのような生理的変化が起こるのかを科学的に検証することにはそれなりの意義があると思う。しかし、そのような生理的変化を検証しなければ、森林セラピーの効果は「科学的に実証された」とは見なせないのか。 園芸療法を含めて言えることだが、私自身は、もっと、日常生活との対応を含め、全人的かつより長期的な視点にたって、質的な効果を確認していくことのほうが遙かに大切であろうと思っている。 生理的効果が確認されようとされまいと、そのことで森林浴の価値が変わるものではない。けっきょく、この種の「検証実験」というのは、社会構成主義者・ガーゲンらが説く「客観性レトリック」の1つにすぎない。実験で有意差を示すことが効果検証の唯一の手段だと思っている人、あるいは、予算獲得のための方便として ●この山を歩くとリラックス効果があった という実験データは、有用な説得ツールになるのである。 確かに、健康食品などの「客観性レトリック」に惑わされやすい人にとっては、「森林浴はリラックス効果がある」という実験データは大きな宣伝効果をもたらすに違いない。しかし、実際に足を運んだ後の行動は、大自然とのふれあいによって強化されていくのである。 もともと山好きの人たちにとっては、森林浴にリラックス効果があるかどうかなどというのは、はっきり言ってどうでもいい話だ。「期待されるリラックス効果」の大きさは、次にどの山に登るのかという判断の決め手には全くならない。 いっぽう、単純にリラックス効果だけに興味があるが大自然にはあまり関心が無いというような人は、一度や二度は「森林セラピー基地」を訪れることはあっても、いずれはそれに飽きて、室内でもできるようなリラックス体操や、健康食品摂取にあけくれる毎日に戻ることだろう。 |