じぶん更新日記1997年5月6日開設Copyright(C)長谷川芳典 |
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妻のハロウィーン・グッズ。何のお祭りだかよくワカラン。
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【ちょっと思ったこと】
大相撲九州場所 日本相撲協会は30日、大相撲九州場所の番付を発表した(11月12日初日)。この場所の見どころは、
横綱1人、大関5人、関脇2人、小結4人、合計12人 という三役力士の多さだ。これじゃあ到底覚えきれない。 [※11/18追記]大相撲中継の際に聞いたところによれば、大相撲では、兄弟は部屋が異なっていても対戦しないルールになっているとか。但し、優勝決定戦は例外。貴乃花と若乃花の兄弟対決は記憶に新しい。 |
【思ったこと】 _61031(火)[教育]高校時代の得意科目、苦手科目 大学見学に来た高校生たちを案内していて、高校時代の授業科目のことを思い出してみた。 10月22日の日記に書いたように、私の場合、高校時代に最も好きだった科目は数学であったが、これは決して得意科目ではなかった。その時にも書いたように、入試の時の数学の得点は200点満点で30〜40点(自己採点推定)。それと、厳密に言うと、私が好きだったのは数学の中でも証明問題に限られていた。いろいろと考えをめぐらせたあげくにエレガントな解法を思いついた時の発見の喜びは何物にも代え難い。反面、数値を計算するような問題は大嫌い。正解になっても何の喜びもなかった。 好きな科目で、かつ得意としていたのはたぶん天文・気象関係だけであろう。 好きとは言えないが、比較的よくできた科目は
一方、嫌いかつ苦手としたのは
●能動的な学びが可能で、かつ、努力の質と量に応じて結果が伴う科目 は概ね「好きな科目」になっていたと思う。数学の証明問題はもちろんだが、国語の作文問題は自分で「書く」という行動を伴う。化学の場合は実験、英文和訳も、ちゃんと考えれば、正確な訳ができるようになる。 嫌いで苦手な科目のほうは、全般に、結果の伴い方に曖昧なところがある。 まず現代国語の読解だが、いつも偏屈な解釈ばかりするのでなかなか正解にはならない。それはそれとして、論述文というのは分かりやすく書くべきもの。知識が無いために分からないのはしようがないが、文章自体が複雑であるゆえに難解となり国語の教材になるような文章はそもそも読み物に値しないと思っている。 古文や漢文は内容は面白いと思っていたが、ちゃんと文法を教わっていないのに分かるもんか、という反発があった。 地理・歴史に関しては前にも書いたとおりで、なぜあんなに詳しく覚えなければならないのか理由が分からなかった。 物理は、公式の意味にこだわりすぎてついていけなくなった。前にも書いたことがあるが、例えば、オームの法則というのは、本当に法則なのか、それとも抵抗の定義なのだろうかと考えているうちに分からなくなった。 英作文は、自分の答えがどの程度正しいのか、どうすればもっと英語らしくなるのか、個別に指導を受けなかったことが苦手の原因であったと思う。コンピュータのプログラミングならばちゃんと動くかどうかはすぐに確かめられるが、英作文ではそういうフィードバックの機会が無かった。ネイティブの人と接する機会があったならもっと違っていたと思う。 というように振り返ってみるに、少なくとも私の場合、それぞれの科目の得意・不得意は概ね、それぞれをどれだけ能動的に学べるか、そして、学んだことにどういう結果が伴うかに依存していたように思う。 |