じぶん更新日記1997年5月6日開設Copyright(C)長谷川芳典 |
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「グランキューブ大阪」(大阪国際会議場)から眺めた大阪駅方面の高層ビル。東京都心に比べると、ひょろひょろとしたビルが多いように思えるが気のせいだろうか。
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【思ったこと】 _61102(木)[心理]日豪ダイバージョナルセラピー・シンポジウム(2)緩和ケアにおけるDTの役割 昨日の続き。今回のシンポの2番目の基調講演は、バネッサ・オガボーン(Vanessa Ogborne)氏による、 ●"No time for leisure, I'm dying" What role can the Diversional Therapy practitioner play within the palliative care team of aged care facilities?" (「レジャーを楽しむ間もなく、死にそうだ」高齢者介護施設における緩和ケアチームでのダイバージョナルセラピー実践者の果たす役割) というタイトルの話題提供であった。 オガボーン氏はまず、“good death”として一般に望まれていることとして
ここで少々脱線するが、11月2日付けの<中高年山岳遭難>登頂目的に落とし穴 基本軽視に問題というYahooニュース(毎日新聞)の中で、名古屋市の登山家で医師、原眞さん(70)は「登山の本来の目的は下山。それが一番難しい」と話しておられた。趣旨は違うが、人生においても「下山」は大切。そして、下山の最終ゴールが「死」となるはずなのだが、現実には、大自然から切り離された病院の集中治療室の中で、種々の延命処置を施されながら、生命維持装置にがんじがらめに縛られてその最期を終える人も少なくない。苦痛や不安を取り去るための措置は必要であるにしても、もう少し「下山のゴール」にふさわしい死に方は無いものだろうか、と常々思う。 さて、緩和ケア(palliative care)についてはWHOによる次のような定義がある(2003年)。 Palliative care improves the quality of life of patients and families who face life-threatening illness, by providing pain and symptom relief, spiritual and psychosocial support from diagnosis to the end of life and bereavement.余談だが、この最後の「bereave」という単語は、「アール」と「エル」の区別が困難な私のような者はしばしば「believe」と聞き間違え/言い間違えてしまうので注意が必要である。 ではDTは具体的にどのような役割を果たすことができるのか。今回オガボーン氏が挙げたのは
ちなみにスピリチュアリティは、宗教のほか、自然とのふれあいのようなものも含む。個々人のユニークさに配慮することが大切。7番目は残された家族へのケアの意味合いも含むようだ。メモリアルガーデンに樹を残すとか、遺品となるものを整理しておくなど。 次回に続く。 ※なお、11月3日からは、福岡市で行われる日本心理学会第70回大会に参加するので、ダイバージョナルセラピーについての感想は一時中断し、日本心理学会のほうの参加感想を先に掲載する予定。 |