じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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§§ 2010年版・岡山大学構内の紅葉(24)時計台前のアメリカフウの落葉と強風

 岡山では12月2日〜3日にかけて寒冷前線が通過し、18.5ミリのまとまった雨が降った。その後、12時台から18時台にかけて風速10メートル以上の強風が吹き荒れ、駐輪場の自転車が軒並み横倒しになっていた。

 写真上は雨上がりのアメリカフウ(モミジバフウ)の落葉の様子(強風前)。写真下はマスカットユニオン前の駐輪場(強風の最中)。

12月3日(金)

【思ったこと】
_a1203(金)日本質的心理学会第7回大会(7)段ボールハウスは現代美術の作品か、路上生活者の宿か(4)

 昨日の続き。

 スライドレクチャーに続いて、2名の対話者からの(実質)指定討論、さらにフロアからの質疑が行われた。

 このうちS氏の指定討論では、地域コミュニティにおけるプロジェクトでは、一般的に、

●立ち上げ→熟れ頃→画一化

というプロセスをたどるというような指摘があった(←長谷川の記憶に基づくため不正確)。ま、集団で取り組むプロジェクトであれ、個人が1つの課題を遂行する場合であれそうだが、取り組みのプロセスというのは、必ずしも、終わりよければすべて良しという形で達成感を持って終わるとは限らない。最終的に分裂しようが、大失敗に終わろうが、とにかくどこかの時点で「熟れ頃」があればそれでいいと、少なくとも私はそう思っている。11月28日の日記にも書いたが、必ずしも、ポジティブで右上がりの成長を求めなくてもよいのではないか。

 もっとも、何らかの公的資金を投入するようなプロジェクトにおいては、税金のムダ使いを無くすという意味もあり、また、ある研究者が研究費の配分を受ければ、別の研究者の研究課題はその分減額もしくは不採択となる。そういう意味では、公的資金が投入された場合には、成功した部分と失敗した部分を明確にし、かつ、その教訓は、個人内部ではなく、公的に確認され、できるだけ多くの人に共有されるような形で残さなければならないと思う。

 このほか、質疑の中では「ローカルを変える必須条件としてインターローカリティがある」、「プロセスではなくプログレス」、「テンポラリーと継続は矛盾しているか?」というようなご指摘もあったが、私にはよく理解できなかった。「現場からの知、それ以外のものはあるのか?」というようなご指摘もあったが、これについては別のところで述べたい。

 もう1つ、「アートに対するスティグマ」ということに関連したご発言だったと思うが、最近、各地で、さまざまな現代アートを導入した「町おこし」が活発になっているという。しかし、「老人が元気になる」というような成果を目的とした芸術は偽善であるという。また、1つのプロジェクトを長期間続けていると、回を重ねるごとに画一化が進む。住民の「何じゃこれは」という新鮮な驚きは、いずれ、パターン化された見方に変節していくというようなお話があった。

 そう言えば、私の住んでいるすぐ近くでも7月19日から10月31日まで瀬戸内国際芸術祭2010というイベントが開かれおり、相当の盛り上がりを見せたと聞いているが、どのように総括されたのだろうか。(私自身は、残念ながら島巡りをする時間的余裕が無かった。)


次回に続く。