じぶん更新日記・隠居の日々
1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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 9月21日はよく晴れ、日没後に綺麗な夕焼けが見られた【写真上】。写真下は翌日朝の日の出。なお、9月22日は秋分の日(正確には22時31分に秋分)であるが、この日の日の出の方位は89.5°となって真東ではない。理由は、日の出が「太陽の上辺が地平線(または水平線)に一致する時刻」と定義されており、太陽の中心が真東から昇る瞬間(=秋分)より少し北側から太陽の上縁が顔を出すためと考えられる。このほか、秋分の瞬間が日の出時刻と一致していないこと(今年の場合は17時間近く遅い)も一因になる。

 なお、リンク先から読み取れるように、岡山で真東から太陽が昇るのは9月24日。また昼と夜の長さが同じになるのは9月26日となる(岡山近辺ではこの日、日の出時刻が午前5時55分、日の入り時刻が午後5時55分というようにすべて「5」が並ぶ。2002年9月25日の日記に関連記事あり)。

2020年9月21日(月)



【連載】「刺激、操作、機能、条件、要因、文脈」をどう区別するか?(10)動機づけ操作の拡張

 9月17日の続き。

 前回、「確立操作(EO)」と「動機づけ操作(MO)」という、呼称をめぐる議論について取り上げた。その議論は、あくまで「確立操作」が

●確立操作:ある特定の好子や嫌子の、行動の獲得や維持への効果に影響を及ぼす操作

というように定義されていること(9月16日の日記を合わせて参照)を前提としていた。

 例えば、ラットを被験体とした動物実験でペレット(餌)を強化子(好子)として機能させるためには、実験前の一定時間、ラットを空腹状態にしておく操作(遮断化操作、deprivation)が必要となる。つまり、遮断化操作は、強化子(好子)として機能を確立する操作であり、これこそが字義通りの「確立」の意味になるのではないかと思われる。

 しかし、経験的にも言えることだが、遮断化操作は、強化子(好子)としての機能を確立する以外に、ラットの行動に少なくとも2つの変化をもたらす。

 第1に、空腹状態のラットは「活発に動き回る」。逆に、ラットは満腹になるにつれて不活発となり、ついには寝てしまう。

 第2に、空腹状態のラットは、餌を探したり、それを獲得するために必要な行動(オペラント条件づけされた行動)を活発化させる。つまり、「活発に動き回る」といっても、ケージ内の回転カゴをたくさん回すようになるのではなく、食餌に関連した行動を活発化させるようになるのである(回転カゴを回すことで餌が獲得できるように条件づけられたラットであれば、ますますカゴを回すようになるが、そうでないラットは、空腹時にわざわざエネルギーを消費して回転カゴを回すことはない。)

 人間でもこうした現象は起こりがちであり、しかも人間ではさまざまな文脈で類似の現象が起こる。

●空腹になった人は、食べ物を求めて探し回る。その場合、家の中に居る人は室内の戸棚や冷蔵庫の中から食べ物を探す。街中を歩いている人であれば、コンビニやスーパーを探す。ジャングルで遭難した人であれば、木の実や果物や獲物を探す。

ということは、経験的に言えるだろう。

 上記の現象を「直前の事象が行動の自発頻度や自発される行動の種類に影響を及ぼす」というように拡張すると、さらに以下のような現象がこれに含まれるものと思われる。
  1. 熱烈な阪神タイガースファンは、阪神が負けた翌日は、機嫌が悪い。笑顔を見せないし、部下がちょっとしたミスをしただけで攻撃的に反応する。
  2. 登校前に母親と喧嘩すると、授業中、先生の指示に従わなくなる。
  3. 毎朝ウンチをしていた人が、何らかの事情でその日はウンチが出なかったとすると、1日中、機敏に動き回ることができなくなる。
 これらは、おそらく、情動的な要因とか生理的な要因として説明されるとは思うが、形式上は動機づけ操作に加えても不都合なさそうな現象でもある。

 上掲の事例が含まれるかどうかは別として、行動分析学では、古典的なの確立操作の概念を、弁別刺激の機能と区別しつつ、先行要因としての新たな機能を含めて体系化しようという試みが行われているようである。
 その中で特に注目されたのが、

●Michael,J. (1982). Distilguishing between discriminativeand motlvational functionsof stimuli .JEAB, 37,149-155.

であり、その翌年には、

●Michael,J. (1983). Evocative and repertoire-altering effects of an environmental event. The Analysis of Verbal Behavior, 2, 19-21.

というような論文も出ている。Michaelは1993年の論文でさらに構想を発展させ、その後も、発展型や代替の提案という形で5年〜10年単位で新しい議論が起こっているように見受けられる。

 もっとも、私は、最近どのような発展に至っているのかは十分に把握できていない。定年退職と加齢により研究活動が不活発化しているという事情もあるが、それに加えて、以前は無料で閲覧できていたJEABなどの論文が、出版社への電子ジャーナル運用委託に伴って有料化され、入手が難しくなったという経済的な事情もある。

 ということで、いま何が最先端かということは把握できていないが、上記の「Evocative and repertoire-altering effects」に関しては素朴な段階として以下のように考えている。
  • 「Evocative and repertoire-altering effects」は確かに存在する。
  • 特に応用行動分析では「Evocative and repertoire-altering effects」は重要、というか避けて通れない現象である。細かく要素に分けたり、かつオッカムの剃刀で簡素化するなかで、介入・支援に有効な対処法を実践的に確立する必要がある。
  • 「Evocative and repertoire-altering effects」は確かに存在するが、それらを数量的に測定することにはいろいろと困難があるように思う。というのは、「行動が喚起されるとか、逆に低減(減少)する」という時の行動は、機能的に定義された行動ではなく、もっと漠然とした、トポグラフィーレベルでの行動ではないか、と考えるからである。随伴性ダイアグラムの中では機能的に行動を定義しておきながら、同じ枠内に機能的には定義されていない行動を混在させて論じるというのは、一貫性に欠けるようにも思えてならない。但し、応用行動分析などの実践場面ではそれでも有用な対処法が構築できる可能性はある。
  • いずれにせよ、人間の場合は、ルール支配行動の一環としての、言葉を用いた動機づけが重要な役割を果たしており、研究のエネルギーは言語行動の研究に注ぐ必要があるように思われる。


 不定期ながら次回に続く。