じぶん更新日記・隠居の日々
1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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 半田山植物園では、6月23日頃からニイニイゼミが鳴き始めており(但しそれ以前に鳴いていたかどうかは長期臨時休園のため未確認)、最近では森の中に響き渡るような蝉時雨になっている。
 ニイニイゼミは体が小さいことと、樹皮そっくりの保護色になっていること、足音に敏感であることなどから、コンデジで撮影するのは困難であったが、今回、やっと2m前後の距離からの撮影に成功した。もっとも、私が接近したあとは全く音を出さず、鳴いている様子を動画撮影することはできなかった。
 なお、半田山植物園内と岡大構内では7月に入ってから、クマゼミ2回、ツクツクボウシ1回、アブラゼミ1回の鳴き声を確認しているがいずれも単発的ですぐに鳴き止んでしまった。


2021年7月5日(月)



【連載】#チコちゃんに叱られる!「何でもかんでも遺伝情報」で「進化心理学」的?に「説明」することの危険

 7月2日(金)に初回放送された、NHK チコちゃんに叱られる!の感想と考察。

 昨日の日記で、「空がドンヨリだと憂鬱になるのはなぜ?」を、「進化心理学」【←ホンモノの進化心理学はそんなに薄ぺっらいものではないと思うが】で説明することの問題点を指摘した。当該の部分を再掲すると、人類には、
  • Aタイプ:晴れていると活発に行動し、曇りや雨だと活動せずお休みモードになる遺伝情報を持ったタイプ
  • Bタイプ:晴れても天気が悪くても活動的になる遺伝情報を持ったタイプ
  • Cタイプ:晴れの日よりも曇りや雨の日が活動的になる遺伝情報を持ったタイプ
という3つのタイプがあり、このうちAタイプが効率よく食料を調達し、かつ雨の日に体が濡れて病気になったり視界や足もとが悪くて事故死に遭う危険がすくない。よって何万年もの時を経てAタイプの比率が増えた。
というような「説明」がなされていたが、このロジックは、要するに、適者生存の原理を無理やりこじつけたものに過ぎない。

 「適者生存」の原理については、いくつかの対立見解や批判があるが、進化の方向を導く大枠としては正しいのではないかと私は思っている。例えば、ある動物の遺伝子が変異して、次の3つのタイプになったとする。
  • Xタイプ:有益事象に接近し、有害事象を回避する行動をとる。
  • Yタイプ:有益事象と有害事象を区別しない。
  • Zタイプ:有益事象を回避し、有害事象に接近する行動をとる。
この場合、生き残る確率が最も高いのがAタイプであることは論理的に明白と言えよう。

 もっとも、このロジックを拡大解釈すると、「なぜ○○という行動をするのか?」という疑問が生じた時は、○○という行動の生存上の有益性を指摘した上で、「○○という行動をする遺伝情報を持ったタイプの比率が増えた」とこじつければ、何でも「説明」できてしまう。しかし、遺伝情報というのはそんなに単純ではない。上掲のようなA、B、Cというようなタイプに基づく説明は、精密な遺伝子解析によりその存在や機能を確認したうえで主張してもらいたいところだ。

 それにしても、「晴れていると活発に行動し、曇りや雨だと活動せずお休みモードになる遺伝情報」とか、その逆の「晴れの日よりも曇りや雨の日が活動的になる遺伝情報」なるものが、人類の進化を分岐させたと考えるのは、私には滑稽な作り話に過ぎないように思えてならない。

 まず、「晴れの日は活発に動き、曇りや雨の日はお休みモード」というが、晴れとか雨の日に分かれるのは温帯湿潤気候の地域に限られており、地球全体の気候ではない。地球上には1年じゅう雨が降らない砂漠地帯もあれば、1日のうち一定の時間帯だけスコールが降る熱帯地方もあり、また、1年の大部分が雪に覆われる地域もある。そういう多様な気象環境を考慮するなら、仮に「晴れの日は活発に動き、曇りや雨の日はお休みモード」という遺伝情報があったとしても、生存上、有利にはたらく可能性はきわめて小さいと言わざるを得ない。

 もう1つ、上掲のCタイプは「雨の日に体が濡れて病気になったり視界や足もとが悪くて事故死に遭う危険が多い」とされているが、人間はそんなに単純な動物ではない。体が濡れそうになれば傘や雨具を使うし、いくらCタイプだからと言って、危険を顧みずに無鉄砲に動き回るはずはない。要するに、人間は、オペラント条件づけを通じて環境に適切に対処できるように行動を変えることができる。天候に関連した遺伝情報だけに縛られて、生得的に組み込まれた無条件反射だけで適応しているわけではない。

 もとの「空がドンヨリだと憂鬱になるのはなぜ?」という疑問だが、これが、遺伝情報と産業革命の産物であると解釈するのはあまりにも荒唐無稽と言わざるを得ない。では、代わりにどういう説明が可能かということになるが、番組の中で小林弘幸先生(順天堂大学)が説明しておられたように、晴れている時には自律神経のうち交感神経が活動的になる一方、曇りや雨の日は副交感神経が活発となるという影響は確かにあると思う。しかし、「曇りや雨の日のほうが好きな人は、雨の日でも食べ物が取れる所にいた人の子孫であり「雨の日は休め」という遺伝情報を保有しておらず憂鬱になることが少ない。」という石川幹人先生の説は全く納得できない。そういう家系が本当に存在するのか、証拠を示してもらいたいものだ。あくまで私の素人考えになるが、空がドンヨリの時に気分が落ち込む人というのは、おそらく気象環境(気圧や湿度を含む)の変化に繊細であり、かつ、交感神経と副交感神経の活動の幅が大きい人、あるいは副交感神経の活動が全体に不活発でリラックスできない人たちに多いのではないかと思われる。このほか、ドンヨリの空のもとで不快な体験をしたり、大雨による洪水被害を被った人たちであれば、レスポンデント条件づけにより、曇りや雨の日に不安や恐怖の条件反応が生じやすくなることも考えられる。これらの要因で憂鬱になる程度の個体差や個体内の変化が完全に予測できるのであれば、石川先生の遺伝情報説の要因は冗長となり、説明要因からは除外されるだろう。

 次回に続く。