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【連載】サイエンスZERO「鳥の言葉を証明せよ!“動物言語学”の幕開け」(1) 12月5日に初回放送された、 「鳥の言葉を証明せよ!“動物言語学”の幕開け」 についての感想・考察。なお、鈴木俊貴先生のご研究については、これまでにも、
ちなみに、この鈴木先生の研究は、NHKが4年間にわたり密着取材を継続しており、過去に「ダーウィンが来た!」や「ワイルドライフでも紹介されたことがあるという。このうち「ダーウィンが来た」は上掲の放送のことだと思うが、「ワイルドライフ」の放送のほうは私は視聴していない。このほか、中学校の国語の教科書にも掲載されているという。 番組の冒頭では、鈴木先生の研究について、 鳥の言葉を証明せよ! “動物言語学”の幕開け と評して、世界的に注目を浴びている研究であると紹介されていた。鈴木先生の長年にわたるフィールド研究のご苦労と成果に大きな価値があることは私も異存は無いが、一般視聴者向けの番組の中では、「言葉」という用語が一人歩きしてしまわないだろうかと、少々心配になる部分もあった。 例えば、
要するに、「言葉」とか「言語」という用語を使うには、まず、どういう条件を満たせばそれが言語行動であり、何が欠ければ言語行動とは言えないのかという定義を明確にする必要があるのだが、研究の出発点においてアプリオリに定義してもあまり意味はない(=有用ではない)という気もする。 なので、当面は、「鳥の言葉」とは言わずに、「鳥のコミュニケーション」と表現したほうが無難かつ妥当であるようにも思われた。ちなみにウィキペディアによれば、「動物のコミュニケーション」は以下のように解説されている。 生物学の領域では、ある動物の個体の身振りや音声などが同種や異種の他の個体の行動に影響を与え、かつ、それらの信号を送った側の個体に有利になる場合に、個体間で情報が伝えられた、と考えて、そのような情報伝達を「コミュニケーション」と呼ぶということが行われている。でもって、シジュウカラが多彩な鳴き声を介して、仲間同士や異種との間でコミュニケーションをとっていることは、すでに明白であるようにも思われる。これらはさらに、「話し手」(鳴き声を発する側)の行動と、「聞き手」(鳴き声を聞く側)の行動に分けて分析する必要がある。 前置きが長くなってしまったので、放送内容についての感想は次回以降とさせていただく。 |