じぶん更新日記・隠居の日々
1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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 近隣のスーパーで少し前に購入した『サラッと快適 天然涼感 日本製 吸汗素材 綿100% 強撚糸使用 さわやかな肌触り』のパンツを初めて着用した。
 ところがパンツを履くときに驚いたのはどこにも『窓』が無いということだ。パッケージをよく見たら『前閉じパンツ』という表示があった。
 これではオシッコができないのでは?とネットで検索したところ、こちらに「ウエストゴムを下げて、取り出しておしっこしますよ」という回答があった。家のトイレなら問題ないが、公衆トイレでもパンツとズボンを一緒に下げてお尻丸出しでオシッコするのだろうか。表示をちゃんと確認しなかったためにとんでもない商品を買ってしまった。やれやれ。


2023年6月15日(木)



【連載】ブラタモリ「大阪」(1)

 6月11日に続いてNHK「ブラタモリの話題。今回からは、 の2本についてまとめて感想を述べることにしたい。

 まず、2016年初回放送分では商都としての大阪の成り立ちが、ミナミとキタ、大阪城西側エリアの街並みの特徴などから総合的に分析された。2016年当時にも視聴した記憶があり、放送内容の一部、特にあべのハルカスのシーンは思い出すことができた。もっとも視聴記録の連載には含まれておらず、また2016年11月のインデックスをチェックしてもメモや感想は残していないことが確認できた。

 2016年と言えば今から7年前、タモリさんが71歳の頃の収録であった。ブラタモリでは前年の2015年に富士山頂での収録もあり、気のせいか、2023年初回放送分よりも足取りがしっかりしているように見えた。また当時のアシスタントは、その後三井不動産社員に転身した近江友里恵さんであった。

 放送ではまず、JR天王寺駅前の横断歩道橋から通天閣や天王寺動物園を見渡し、さらに日本一の高さを誇るあべのハルカス60階の展望台に向かった。江戸時代の大阪では武士の比率は2%と言われており、江戸とは異なり商人が圧倒的な比率を占めていた。
 あべのハルカス展望台から北側の景色を見渡すと、はるか遠方に大阪城が見渡せる。大阪の地形を立体的に強調して表すと、市街地の真ん中には南北に走る上町台地があり、その西側にミナミ(道頓堀・難波)、キタ(梅田・大阪駅)があることが分かる。大阪城は上町台地の北端にあり、また上町台地の両側はもともとは海になっていた。

 大阪を「日本一の境地」と表現したのは織田信長であった。上町台地の北端には段差があり築城に適した地形になっていた。台地の北側には大川があり、上流の淀川や旧大和川を通じて京都や奈良とつながっていた。いっぽう下流は瀬戸内海とつながっており、中国や東南アジアとの交易に適していた。大阪を商都とするという信長の構想は秀吉に引き継がれた。

 ここでいったん感想を述べることにするが、今回の収録地の一部は私も歩いたことがあった。2005年3月には、講演を依頼された会場から徒歩で『高津(コウヅ)公園』に立ち寄ったことがあり、高低差を感じた記憶がある。また、今回の放送では紹介されなかったが、大阪城公園の梅を見に行った時にも、城内に高低差には驚いたものであった。学生・院生時代には京都に住んでいたため、京都から大阪まで往復する機会が何度かあったが、京都が比較的平坦であるのに対して【但し東山、浄土寺、北白川方面は坂あり】、大阪は相対的に坂の多い印象が強く、もともとの地名『大坂』もそんな地形的特徴に由来するのかと思っていたところであった。もっとも坂の勾配が、上町台地に関係していることは全く知らなかった。

 次回に続く。