じぶん更新日記・隠居の日々
1997年5月6日開設
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 NHKトリセツ『がん対策』の放送に連携して行われた、がん検診オススメのプロジェクト【280自治体(10月15日現在)参加、送付対象者は150万人】の成果の速報値。前年度に比べて受診率が向上した自治体もあるが、あまり成果が確認されていないところもある。また、前年度との比率比較だけでなく、もともとの受診率がどのくらいの大きさなのか、たとえば5%前後にすぎなかったのか、最初から50%前後であったのか、という点にも注目する必要があるように思う。前年の受診率が50%であった自治体では、いくら成果が得られたとしても受診率の最大値は100%であって、前年比で200%を超えることは数学的にありえない。なので、このようなグラフでは、前年度受診率が低かった自治体ほど増加の程度が目立ついっぽう、もともと受診率が高かった自治体では成果が示されにくくなる可能性がある。↓の記事参照。


2024年11月15日(金)




【連載】あしたが変わるトリセツショー『がん対策』(11)今回の放送の成果と検証についての辛口コメント

 昨日に続いて、10月17日(木)に初回放送された、

がん対策

についてのメモと感想。

 今回の放送に連携して実施されたがん検診オススメのプロジェクト【280自治体(10月15日現在)参加、送付対象者は150万人】の成果が、11月14日の放送の終わりのところで報告された。概要は以下の通り【要約・改変あり】。
  1. トリセツ『がん対策』の放送当日、北海道・新篠津村では防災無線を通じて、「本日NHK『あしたが変わるトリセツショー』では...」というように告知をしてくれた。
  2. 放送翌日、奈良県・大和郡山市の保健センターには業務開始から検診の申し込みの電話がかかった。「テレビを見て初めて申し込みをしました」とのこと。他の自治体でも次々と電話予約が入った。
  3. 案内送付から10月21日までの集計で1000件以上の予約があったところも。
  4. 取材した6つの自治体では、がん検診申し込み数の速報値がいずれも前年を上回り、最大では730%の増加となった。

 ということで今回のプロジェクトは、受診数を増やしたという点では大成功であった。しかし、これは「あの手この手」の対策の総合的な成果であって、その中のどういう対策が有効でありどういう対策は無意味であったのか、という検証には繋がらない。じっさい、今回のプロジェクト実施地域で新たに検診を申し込んだ人たちは、
  1. トリセツの放送を視聴し、さらに案内チラシを読んだ。【放送視聴 ○、案内チラシ ○】
  2. トリセツの放送は視聴したが。案内チラシは読んでいない【放送視聴 ○、案内チラシ ×】
  3. トリセツの放送は視聴していないが、案内チラシは読んだ。【放送視聴 ×、案内チラシ ○】
  4. トリセツの放送は視聴していないし、案内チラシも読んでいない。【放送視聴 ×、案内チラシ ×○】
という4タイプに分かれるはずだ。
 例えば、放送の翌日朝にテレビを見て初めて申し込みをしたという人は2.に該当する。もし2.のタイプが多数を占めていたとすれば、テレビ番組だけ放送すれば十分であり、チラシの印刷や郵送は無駄遣いだったことになる。

 このほか、上掲の画像のグラフにも示されているように、前年度に比べて受診率が向上した自治体もあるが、あまり成果が確認されていないところもある。受診率があまり向上しなかった自治体(例えばF市)ではその原因をさぐる必要がある。さらに、前年度との比率比較だけでなく、もともとの受診率がどのくらいの大きさなのか、例えば5%前後にすぎなかったのか、最初から50%前後であったのか、という点にも注目する必要があるように思う。前年の受診率が50%であった自治体では、いくら成果が得られたとしても受診率の最大値は100%であって、前年比で200%を超えることは数学的にありえない。

 あと、トリセツという1つの番組が、がん検診への関心を高める動機づけ(確立操作)としてどれほどの影響を及ぼしたのかは疑わしいように思う。こちらの資料によれば、じつは、「マスメディア×全国自治体×国立がん研究センター」という連携プロジェクトは、以前にも行われており、スライド16頁によれば、
  1. NHK「ガッテン!」の放送のタイミングにあわせて、全国44都道府県360市町村から86万人に個別の受診勧奨はがきを送付するプロジェクト
  2. 「申込みの電話が朝から鳴りやみませんでした」放送後3ヶ月間で、前年度と比べて受診率が1.5〜7.6倍
  3. 一般の方・がん経験者の方から放送翌日だけで、NHKに1000件を超える激励・お礼のコメント
という成果があったという。受診率が大幅に向上したこと自体は喜ばしいとは思うが、この場合も何が成果に繋がったのか、あるいは全体のパッケージとして意味があったのかはもう少し詳しい分析が必要であるように思う。例えば「放送翌日から反響があった」というのは放送単独の成果であって、案内チラシ(=受診勧奨はがき)の中身に影響を受けたものではない。

 このほか、今回のトリセツも、過去に放送された「ガッテン!」もそうだが、これらの番組の視聴率はそれほど高くないはずだ。しかも視聴者はもともと健康問題への関心が高い人たちに限られているはずだ。なので、すでにがん予防に関心を持っている人たちに限って言えば、これらの番組を視聴したことは確かにがん検診受診申し込みの動機づけ(確立操作)になるだろうが、そのいっぽう、もともと健康問題に無頓着な人たちはそもそもこういう番組を視ないのでいくらすぐれた番組内容であってもその影響を受けることはない。
 行動分析学では、ある行動を動機づける手法に関連して、オーグメンティングという概念がある。がん予防に無頓着な人を動機づけるためには『形成オーグメンタル』、いっぽうすでにがんは怖いと思っている人々にさらにその怖さを高めるためには『動機づけオーグメンタル』が必要となる【例えばこちらのコンテンツ参照】。「マスメディア×全国自治体×国立がん研究センター」という連携プロジェクトは動機づけオーグメンタルとしては有効だが、形成オーグメンタルを導入するためには更なる工夫が必要であるように思われた。
 がんに無頓着な人たちに関心を持ってもらう(=形成オーグメンタル)ためには、おそらく、
  • 有名人ががんにかかったという報道。早期発見ができていれば助かったのにすでに手遅れになってしまったことを伝える。
  • がんで大切な家族を失ったことを描いたドラマ。
などのほうが効果的かもしれない。

 次回に続く。