じぶん更新日記

1997年5月6日開設
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 2月21日初回放送の『チコちゃんに叱られる!』で取り上げられた袴の話題。女子学生が卒業式に袴をはく比率は1945年から1960年にかけて急低下しほぼゼロの状態が続いた。その後1980年代前半から上昇に転じ最近ではほぼ100%に復活した。【都内の女子大学の卒業アルバムをもとに番組が調べたデータに基づく】。↓の記事参照。

2025年02月23日(日)




【連載】チコちゃんに叱られる! 「女学生が卒業式に袴をはく理由は、はいからさんが通ったから?」

 2月21日(金)に初回放送された表記の番組についての感想・考察。この日は、
  1. 女学生が卒業式に袴をはくのはなぜ?
  2. なぜ寒いと手足が冷たくなる?
  3. ツバキが冬に咲くのはなぜ?
  4. 【視聴者の皆さんからのお便り】どうしたら物事を長く続けられる?
という4つの話題が取り上げられた。本日はこのうちの1.について考察する。

 さて1.の袴の話題であるが、この疑問は、くるみ(5さい)さんからの質問:
●大学や専門学校の卒業式において女性はなぜはかまを着るのですか
に答えるという設定であったが、5歳の子どもにしては、使う言葉や漢字、文体が大人すぎる。何かのヤラセではないだろうか。
 それはそれとして、放送では「はいからさんが通ったから」が正解であると説明された。着物の歴史や流行を研究している田中淑江さん(共立女子大学)&ナレーションによる解説は以下の通り【要約・改変あり】。
  1. はいからさんが通る』は1975年に発表された漫画。大正時代が主な舞台。花村紅緒の恋愛模様を描いたラブコメ作品。
  2. 1987年には南野陽子主演で映画化、さらに同名の主題歌も大ヒット。
  3. 当時のトップアイドル・南野陽子さんの袴姿は、男性だけでなく女性も魅了し憧れの対象となった。女学生が卒業式で袴をはくようになった大きなきっかけの1つが、その南野さんへの憧れだった。
  4. 成人式ではなく卒業式に袴をはくのは、袴がかつて女学生の制服だったから。
  5. 明治5年に全国に学校が作られると女子も学校に通うようになった。
  6. 江戸時代の寺子屋と異なり、明治時代の学校ではテーブル型の机と椅子が取り入れられた。
  7. しかし着物は帯のつぶれがあったり裾が乱れたりするなどテーブルや椅子と相性が悪かった。そこで政府から、女子の服装に男子の袴を着用するようにという指令があった。
  8. しかし女学生が男袴をはくことに対しては「誠に醜くあらあらしい姿」、「異様の装ひ国辱とも云べし」といった批判が寄せられた。
  9. すると明治16年(1883年)、政府は手のひらを返すように「女子は袴の着用を控えるように」と通達した。
  10. 多くの女学生が袴をやめて着物に戻っていくなか、華族女学校【現在の学習院女子中・高等科】教授の下田歌子(1854-1936)は女袴を考案した。ズボン型の男袴と異なり、女袴はスカート型になっており、また男袴では腰に板をあてていたがこれを無くすことで腰高なシルエットを作り出し、女性らしいスッキリした見た目を実現した。
  11. 女袴に対しても批判が寄せられたが、皇后にも仕えたことのある歌子は「宮中でも女官たちは袴をはいていた」を根拠に正当性を主張し、女袴は全国の女学校の制服として採用されるようになった。
  12. 明治末期になると、女袴のカリスマ女学生、三浦環(1884-1946)が袴姿で自転車に乗り音楽学校に通う姿が注目を集めた。
 以上、「女袴は下田歌子が考えて三浦環が広めた」というところまでの説明はこれで完結。しかし、戦後、女学生の袴姿は殆ど無くなってしまう。
  1. 戦後、女学生の制服も洋服が主流になった。
  2. 戦後、一部の女子大学の規則では卒業式に黒紋付きと袴を着用すると定められていたが、多くの大学の卒業式ではスーツ姿が主流であった。
  3. 上掲のグラフ【都内の女子大学の卒業アルバムに基づく】が示すように、女子学生が卒業式に袴をはく比率は、物が無かった時代だったためか1945年から1960年にかけて急低下しほぼゼロの状態が続いた。1980年代前半から上昇に転じ1990年代に定着、最近ではほぼ100%に復活している。
  4. この「袴ブーム」の理由としては、 の影響がかなり大きいと考えられる。
  5. 東京女子大学の卒業アルバムを見ると、1981年にはチラホラだった袴姿が1990年にはほぼ全員になっており「卒業式に袴」が定着したことが分かる。
  6. 『はいからさんが通る』の映画が公開されて、大正ロマン風の袴が注目を集め、かつて女学生の制服だったという背景をもとに、若い女性が卒業式で袴をはくようになった。このようにトップアイドル、南野陽子さんの影響が大きい。
 ここからは私の感想・考察を述べさせていただくが、まず上掲のグラフが示すように、確かに1980年以降の急上昇の時期と、漫画連載や実写映画公開の時期のタイミングは一致しているように思われる。とはいえ、2つの事象に相関があったからといっていっぽうが他方の原因になっているとは断定できない。別に共通原因があってそこから2つの現象が生じたというような場合はいくらでもある。試しにCopilotに尋ねたところ、以下のような例を紹介してもらった。
アイスクリームの売上と溺死の相関関係: アイスクリームの売上が増えると溺死の数が増えるという相関関係が見られることがあります。しかし、これは因果関係を示しているわけではありません。むしろ、共通の原因である暑い天候が両方の現象に影響を与えています。暑い夏の日には、アイスクリームの売上が増えるのと同時に、多くの人が水辺に行くことが増え、それに伴って溺死のリスクも高まるのです。
このように、2つの現象の間に相関関係が見られる場合でも、別の共通原因が影響を与えていることがよくあります。
 ま、『はいからさんが通る』と卒業式の衣装についてはいずれも袴に関するものなので、アイスクリームと溺死に比べれば因果関係が高いと言えるかもしれない。ちなみに、ウィキペディアによれば、
  • 漫画の単行本は、1977年(昭和52年)度、第1回講談社漫画賞少女部門受賞。2017年11月時点でシリーズ累計発行部数は1200万部を突破している。
  • 実写映画のほうは、配給収入 12億5000万円。
となっていて、かなりの人気があったようだ。

 もっとも、いくら人気が出ていたとしても、1つの漫画作品や映画だけで大学生の服装が変わってしまうというのはにわかには信じがたい。例えば嗚呼!!花の応援団の漫画や映画も人気があったが、だからといって当時の大学生がみんな応援団の格好をするようになったわけではあるまい。

 ちなみに『はいからさんが通る』が連載された1975年〜1977年と言えばちょうど私が学部卒業(1975年)と大学院修士課程修了(1977年)の年に重なっている。もっともその頃、卒業式の服装がどんなものであったのかは殆ど記憶に残っていない。但し、学生運動が下火となったことで、いくぶん華やかな服装が出てきたような気もする。もっともこちらこちらにあるような派手なコスプレを見かけることはなかった【Copilotに尋ねたところでは、少なくとも2017年頃からであったという】。

 女学生の袴着用に『はいからさんが通る』が影響を与えたことが確かであったとしても、それはおそらくキッカケの1つに過ぎないように思う。

 おそらく一番の理由は「みんなに合わせる」ということにある。100人の卒業生のうち99人が袴を着用するようになった時、洋服で参加するというのはかなり目立つし勇気のいることだ。もちろん上にリンクしたように自分だけ目立つようなコスプレを楽しむ卒業生も皆無とは言えないが、たいがいは奇を衒うことを避けようとする。じっさい、袴と洋服が50%ずつであれば均衡が保たれるが、袴が70%、80%というように多数派を形成すると加速度的に多数派の比率が上昇する。

 2番目に考えられるのは、大学生協が袴の着用をサポートするようになったことである。【こちらの案内参照】 岡大生協の施設入り口にも、卒業式の相当前から袴の見本が展示され予約を受け付けるようになっている。

 もちろん、最大の理由は、人生で1回くらい袴姿になってみたいという本人の願望にあるとは思う。振り袖やウェディングドレスと異なり、大勢の人が集まる場所で袴姿を披露できるのは卒業式の場だけである。多少お金がかかってもせっかくの機会を逃すまいと考えている人は少なくないだろう。

 ということで、私の考えは以下のようにまとめられる。

卒業式に袴を着用する女学生が増えたのは、『はいからさんが通る』などの影響で袴の魅力が再認識され、人生一度の思い出として卒業式に袴を着用する人が一定比率に増加したのがキッカケ。これにより袴のレンタルビジネスが確立し、大学生協との連携もあって、安価かつ便利に着用できるようになり着用率が急上昇し多数派を形成。これにより「周りに合わせる」という消極的理由から袴を着用する人も出てきて、圧倒的多数を占めるに至った。

 なお、卒業式の日に紋付き袴を着用する男子学生も一定数見かけることがあるが、昨年の岡大の卒業式などの動画を見る限りは多数派とは言いがたい。

●卒業式に袴をはく女子学生が多いのに対して、なぜ男子学生の多くは袴をはかないのか?

ということも説明する必要があるように思う【男性版の『はいからさんが通る』の漫画や映画が無かったからなのか?】

 次回に続く。