【小さな話題】『決断』と『選択』(3)行動分析学における『決断』
昨日の続き。
昨日の日記で、Yahoo検索の際にAIによって回答された『決断』の定義を引用した。一部を再掲すると以下のようになる。
決断とは、心をはっきりと決めること、きっぱりと断を下すことを意味します。言い換えれば、何かを決めて、それ以外の選択肢を断つことです。
決断は、単に選択することとは異なり、何かを選ぶと同時に何かを捨てることを伴います。多くの人が決断をためらうのは、選ばなかった道に別の可能性があるかもしれないという迷いがあるからです。しかし、ビジネスの世界では、決断を先延ばしにすることが最大のリスクとなる場合もあります。
【以下略】
以上は『決断』についての一般的な定義であるが、行動分析学では『決断』をどのように考えているのだろうか。私自身の考えは、
●長谷川(2015).選択行動の実証的研究における5つの課題. 岡山大学文学部紀要, 63, 11-30.
などですでに述べているが、これはあくまで私の個人的な見解であって広く認められたものではない。そこでChatGPTに、
●行動分析学からみると、『決断』とはどのような行動になりますか?
と尋ねてみた。いただいた回答は以下の通り。【但しこれが行動分析学会の公式見解というわけではない。念のため】。
行動分析学(応用行動分析、ABA)の視点から見ると、『決断』というのは\*\*「観察可能な行動」そのものではなく、複数の行動の選択(選択的反応)」として捉える\*\*のが基本です。
### ◆ 決断とは何か(行動分析学的解釈)
行動分析学では、「決断」は次のように考えられます:
**「複数の行動選択肢がある状況において、ある1つの行動を選んで実行すること」**
つまり、
- **「Aをする」 vs 「Bをする」** という選択場面において、
- そのときの\*\*過去の経験(強化・弱化の履歴)**や**現在の環境条件(文脈)\*\*に基づいて、
- \*\*どちらかを選ぶ(= 実行する)\*\*という行動が「決断」とみなされます。
### ◆ 決断に関与する要因
- **先行条件(Antecedents)**
* 選択を迫る状況や、求められる課題の提示など。
- **行動(Behavior)**
* どちらの行動を選んだか、または選ばなかったか(例:「退職する」vs「残る」)。
- **結果(Consequences)**
- * 選んだ行動によって得られた結果(強化 or 弱化)。
- * 将来の類似場面での選択に影響を与える。
### ◆ 「迷う」「決められない」はどう捉える?
「迷っている」「決めかねている」状態も、行動分析学では以下のように理解されます:
- * **対立する強化履歴が拮抗している状態**
例:「Aは安定しているけどつまらない」「Bは魅力的だが不安」→強化子の価値が接近していて、行動が定まらない。
- * **選択の文脈が不明瞭**(情報不足・環境刺激が曖昧)
→ 反応が誘発されにくい。
### ◆ 行動としての「決断」を促すには
行動分析学では、次のような操作を通じて「決断行動」を促すことができます:
- * **選択肢ごとの強化の見通しを明確化**
* 例:「この選択をすれば、こういう良い結果が得られる」など、強化子を提示。
- * **不確実性の低減**
* 情報を増やし、「結果が予測できる」ようにする。
* **強化スケジュールの設計**
* 決断することそのものを強化する(例:小さな意思決定を繰り返すことで「決める力」を育てる)。
### ◆ まとめ
- 一般的な意味の「決断」:意志や判断力によって何かを選ぶこと
- 行動分析学的解釈:過去の強化履歴と現在の環境条件に基づく「選択行動」
以上の回答内容はほぼ妥当であり、とりわけ、『決断』の説明要因を「意志」や「判断力」に委ねるのではなく、「過去の強化履歴と現在の環境条件に基づく『選択行動』として捉える点は大いに賛同できる。
もっとも決断に関与する要因を
●「先行条件(Antecedents)→行動(Behavior)→結果(Consequences)
という直接効果的な随伴性の枠組みで捉えることには限界があるように思う。こちらの講義録でも論じているように、
●行動は、要素的な反応群の寄せ集めではなく、入れ子構造(nest)をなしている。
という巨視的な視点が求められる。
- 例えば、「自転車通勤」という行動は、「ペダルをこぐ」、「自転車が倒れないように
バランスをとる」といった行動から構成されている。また、もし自転車通勤が地球温
暖化防止策の一環として行われているのであれば、「環境配慮行動」の一要素として、
クールビズ着装行動、エアコンの省エネ設定行動などとともに総合的に強化されるで
あろう。そのいっぽう、自転車通勤が、行動遂行者の健康増進の一環であるとすれば、
それらは日々の散歩、ダイエット、スポーツジムに通う、規則的な生活をする、禁煙
を維持するなどの諸行動とともに総合的に強化されるであろう。
- 行動の入れ子構造は初めにありきではなく、社会の中で用意され、構成員によって相互に提供しあう強化随伴性、弱化随伴性の中で形づくられていくのであ
る。そしてその随伴性こそが、Skinner(1981)が言う、「進化した社会的環境によって維持されている特殊な随伴性」であり、「文化」や「慣習」の根源であると考えられる(長谷川, 2010)。それゆえ、「文化」や「慣習」を分析するためには、当該行動の特徴や構造ばかりでなく、それを維持・強化している随伴性を同定しなければならない。
- 反応クラスというのは一義的に定まるものではない。マクロな行動に注目するか、個々の要素的な行動に注目するか、というのは分析のニーズに依存している。例えば、
- ある遊園地で、入園者に割引クーポンを配付するイベントを開催したとする。これによ
って入園者が増えたとすれば、割引クーポンの配付は来園行動を強化したということができる。この場合は、「来園行動」が1つの反応クラスということになる。
- いっぽう、この遊園地には 10種類の遊具とレストランがあったとしよう。上記の割引クーポンの配付によって、ジェットコースターとメリーゴーランドの利用者は増えたが、レストランの利用者は全く増えなかったとする。この場合は、レストラン利用行動を1つの反応クラスとして有効な強化随伴性を検討する必要がある。
ということで、とにかく、微視的な強化随伴性で『決断』を説明することはできない。賃貸における「引っ越しの決断」を例にとれば、決断の最も直接的・核心的な行動は、新たな物件の賃貸契約書にサインをして敷金・仲介手数料を支払うことにあるが、事前にサインをするという動作を繰り返し強化したからといって出現確率が高まるというものではない。契約という行動は、社会的に構築された随伴性(契約行為とその結果を記述したルール)によって強化されるものであり、さらに言えば、契約行為自体は本質的な問題ではない。「引っ越しをせずにそのまま住み続ける」という行動から「新たな住居で暮らす」という行動Bへ切り替える際に(入れ子構造をなした)どのような巨視的随伴性が働いているのかを見極めることが重要である。
不定期ながら次回に続く。
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