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じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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 【2025年10月】オーストラリア南西部・フラワーハンティング(35)マーガレットリバー(2)聳えるグラスツリー

 インド洋に面したマーガレットリバー近郊の大地にはグラスツリーが生育しており、高さ3m以上に及ぶ花茎を伸ばしていた。2月20日掲載の観察ポイントよりさらにスケールが大きかった。

2026年2月28日(土)




【連載】3か月でマスターする古代文明(20)エジプト(3)巨大建造物とそれを実現する社会体制の因果関係

 昨日に続いて、表記の番組についてのメモと感想。

 引き続き、

●2025年10月22日初回放送 (4)エジプト ピラミッドと黄金が王国を変えた

について考察する。

 放送では続いて、「当時、こんな巨大なものをどうやって造っていったのか?」という話題が取り上げられた。ここで「どうやって」という意味としては、
  1. 工法
    重い石を切り出して運搬し積み上げていく技術は誰がどうやって発明したのか?
  2. 目標設定についての合意形成
    金と労力を費やしてこのような巨大建造物を造る意義についての合意形成
  3. 人員の確保:
    いくら工法が確立し、ピラミッドを造る意義が合意されたとしても、じっさいに工事に携わる労働者(もしくは奴隷)が確保できなければ工事を遂行することはできない。

これらの「どうやって?」はどう実現したのだろうか? 放送では上掲のうちの3.について解説された【要約・改変あり】。
  1. ギザで最大のクフ王のピラミッドは高さが約140m。重さ2.5tもの石が200万個以上積み上げられ、完成までに28年かかった。
  2. 「古代エジプトが大国だったからピラミッドが造れた」ではなく「ピラミッド建設を通じて大国に成長した」という発想。
  3. 上記2.を裏付ける史料『メレルの日誌』が2013年にシナイ半島で見つかった。メレルはクフ王に仕えた高官であり、日誌は世界最古のパピルス文書。そこには労働者への食料の提供方法や、船の航路などが克明に記されており、ピラミッド建設が複雑かつ高度なシステムで営まれていたことが明らかになった。
    • 交易ネットワーク:
      資材は現在のレバノンから杉・銅製工具、ギリシャから銀、ソマリアのあたりからは黒曜石・乳香、シナイ半島からは銅・トルコ石、ナイル川流域からは金・閃緑岩、象牙・黒檀、赤色かこう岩、アラバスター、というように広大な交易ネットワークが形成された。
    • 労働者集落:
      近年発掘された労働者の集落からは共同住宅がいくつも並んでいた跡や、パンを焼いた土器やビールを入れる容器などが見つかった。労働者が働く環境を整えるための組織づくりと食料を提供するシステムが整えられた。
      葬祭殿には各地から租税としての農作物が集められ、ピラミッドは税の集積地としての役割を果たした。
      建設に携わった人数はおよそ3万人。国を支え組織や人々を管理する『官僚制度』も整えられた。
    • このように、ピラミッド建設を通して、物流、労働、税、官僚制度が整えられた。
 当時の王は各地に収穫や労働を管理した直轄地である王領地を造り、そこで得た収穫物がピラミッドや神殿などへの供給源になっていた。ある意味でピラミッド建設そのものが支配体制を整えたと考えることができる。
 スタジオ解説者の関雄二さんは以上をふまえて、

私たちは【ピラミッドのような】大きい建物を見るとその背景としてそこに複雑な統制の取れた社会があるからピラミッドができるのだという固定観念にかられてしまうが、初期の段階では脆弱な未熟な社会の体制であったものが【ピラミッド建設を】いったん始めてみると他のことを整理したりやらなければならないことが明らかになったりして、強固なものになっていった。

とコメントされた【要約・改変あり】。

 ここでいったん私の感想・考察を述べる。

 まず、「複雑な統制の取れた社会」とピラミッドのような「大規模プロジェクト」との因果関係については、指摘された通りであり、一方向の「統制の取れた社会→巨大プロジェクト」ではなく相互に脆弱な部分を補いながら螺旋階段状に強められていったと考えるのが妥当であるように思う。

 ちょうど今は受験シーズンであるが、一流大学に合格したという知らせを受けると最初から才能があったから合格できたと思われがちであるが、じっさいは1年あるいはそれ以上かけた受験勉強の中で、規則的な日常生活を確立したり、模試で明るみになった弱点を克服するというように、志望校をめざす日々の努力があればこそ合格を達成できたと言うことができる。つまりその受験生に最初から才能があったのではなく、受験勉強を通して徐々に学力が向上していったと考えるべきである【←これがピラミッド建設のアナロジーとして適切かどうかは不明】。

 冒頭に挙げたように、「当時、こんな巨大なものをどうやって造っていったのか?」という疑問については、それを実現した資金や管理体制のしくみのほか、ピラミッドを造るための工法や、そもそも労力を費やしてこのような巨大建造物を造る意義があるのか?についての合意形成が必要と思われる。
 このうち工法については過去の民放の番組などでも紹介されたことがあった。
 いっぽう、巨大建造物を造る意義について、なぜこれほどまでに合意形成がなされたのか【ピラミッドを造ることに消極的、もしくは反対した勢力はどう抑えられ、積極的に建設を進めようとした勢力はなぜ存続しえたのか】については特別の解説は無かった。
 いくら信仰心が高かったとしても、それだけで動く人は限られているはず。放送でも説明されていたように、おそらく農作物を葬祭殿に集積し、それを労働者に再配分するという方式が農閑期の農民の雇用対策になったというように、宗教ではなくもっと実利的なシステムがうまく働いて、建設を可能にしたものと推測される。なのでいくら信仰心が高かったとしても実利面がうまく回らなくなればもはやピラミッド建設は行われなくなる。

 次回に続く。