じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典

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[今日の写真] 秋桜とソメイヨシノの紅葉。コスモスと言えば昨年11月3日の日記に掲載した2つのコスモス畑はいずれも見事だった。このうち、賀陽町エコセンターのほうは、今年は植え付けをしていない模様。


11月10日(水)

【ちょっと思ったこと】

気象警報による臨時休校措置

 台風23号により岡大構内でも倒木やビニールハウス倒壊などかなりの被害が出たことはこちらのアルバムに公開した通りであるが、その時の呼びかけが功を奏したのか、気象警報時の休校(あるいは個別の休講)措置について、いよいよ本格的な提案が行われるようになった。これを機会に私自身の考えもまとめておこうと思う。

 まず、警報の種類であるが、気象庁予報警報規程によれば、厳密には、気象警報(暴風警報、暴風雪警報、大雨警報及び大雪警報の四種)のほか、地面現象警報、高潮警報、波浪警報、浸水警報、洪水警報がある模様だ(第十二条)。但し、こちらによれば、地面現象警報と浸水警報は「その内容を気象警報・注意報に含めて行い、表題は用いません。」となっている。また、警報ではないが、「記録的短時間大雨情報」[]にも注意が必要だ。さらに、地震の時の津波警報や、消防法に基づいて発表される火災警報などもある。
 大雨警報が発表されている時に、数年に1回程度発生する激しい短時間の大雨を観測、または解析したことを発表する情報。 現在の降雨がその地域にとって希な激しい状況であることを周知するために発表する。


 警報の発令基準はそれぞれの地方の気象特性によって異なると聞いているが、いずれにおいても、厳重な警戒が必要であることは言うまでもない。

 さて、休校措置の基準として検討に値するのは、以下の5警報ということになるかと思う。
  1. 暴風警報:暴風(強風)による被害が予想されるとき。
  2. 暴風雪警報:雪を伴う暴風(強風)による災害が予想されるとき。
  3. 大雨警報:大雨による地面現象(山崩れ・がけ崩れ等)や浸水により被害が予想される場合。
  4. 洪水警報:大雨、長雨、融雪などで河川が増水して堤防、ダム等が損傷を受け(破堤、溢水を含む)浸水による災害が予想される場合。
  5. 大雪警報:大雪による災害が予想されるとき。
 これらのすべてを含めるべきか、一部でよいかについては諸々の主張があるようだが、私は以下の理由により、このうちの1.または2.に限って全面休校措置をとれば十分であると考えている。

 まず、暴風警報と暴風雪警報発令時に休校措置が必要であると考えるのは、暴風は通学者のすべてに危険を及ぼすからである。台風23号接近時の倒木や日ヒールハウス鉄骨飛来などはまさにその例である。

 いっぽう、それ以外の、大雨警報、洪水警報、大雪警報は、どちらかと言うと、がけ崩れ危険区域や洪水・浸水のおこりやすい地域の住民が警戒すべき情報であって、きわめて地域限定的である。岡大が崩れやすい山の斜面や河川沿いにあるというなら話は別だが、現実的には、通学者すべてに危険を及ぼすような危険は想定しにくい。これらの警報発令により登校できなかった学生に対しては、補講・追試・追加課題などの救済措置を個別にとればよいのではないかと思う。

 岡大の場合、四国から瀬戸大橋線経由で、あるいは、姫路や福山方面から山陽本線経由で通学する学生も結構多い。岡山南部に警報が発令されなくても、これらのJR線が不通になるというケースはあるが、上記同様、個別に救済措置をとればよいのではないかと思う。

 このほかに検討すべき事項として、警報がいつ発令されていたら休校にするのかという問題があが、遠距離通学者の利便を考えると、午前6時に発令の場合は午前中2コマはすべて休講、午前10時に発令されていた場合は午後も休講ぐらいが妥当かと思う。あと、授業が始まった後で発令された場合はどうするかということになるが、この場合に限っては、大学当局のほうで独自に判断の上
  • 授業を直ちに中止して下校させる。
  • 現在行われている授業は続行するが、次の時限以降は休講とし下校させる。
いずれの場合も、下校するより大学内で待機していたほうが安全というケースがあり、場合によっては図書館などの開館時間を延長して警報解除まで待機させることも検討すべきだ。

 今回は気象警報に関する話題であったが、地震が起こった場合についても、休講や避難措置を定めておく必要があるように思う。とはいえ、岡山で震度6弱以上の地震が起こったら、古い建物などどうなるか分かったものではない。そんな強い地震は岡山県南部ではあり得ないとは思うけれど。

【思ったこと】
_41110(水)[心理]日本理論心理学会第50回大会(5)第三世代の行動遺伝学(その4)


●招待講演「Behavioural Genetics: What Use To Psychology?」
司会:安藤寿康氏 (慶應義塾大学)
講師:Kerry L. Jang氏(ブリティッシュ・コロンビア大学)

についての感想の最終回。

 昨日の日記の最後のところで「守先生や豊田先生が来られていて、半日かけてディスカッションしたら、ずいぶん盛り上がったのではないかと悔やまれる。」と書いたが、日記をアップしたあとで掲示板をチェックしたら、なんと、その豊田先生から書き込みをいただいていたことに気づいた。まず、その部分を転載、紹介させていただく(改行部分は一部改変)。
>ここで私がいだく素朴な疑問は、一卵性双生児と二卵性双生児では
>「Shared Environment」にもかなりの違いがあるのではないかというこ
と。

 私はもっと素朴な疑問を抱きました.それは,双生児内の相関が双生児であるがゆえに,非双生児(一般児)と違っているならば(それは十分にあるうることであり),行動遺伝学からの遺伝率の知見を非双生児に一般化できないのではないかという疑問です.もしそうなら,それは文字通り双生児の特徴を分析したに過ぎないからです.私自身は以下の論文を書いて,自分の疑問を解決する方法を提案しました.ここでは「向性」は約50%,社会的スキルはほぼ0%遺伝から影響されるという知見を得ました.

双生児と一般児による遺伝因子分析−YG性格検査への適用− 1998 教育心理 学研究 Vol.46 No.3 255-261.

ちなみに一般的解説は下記の論文にあります.

共分散構造分析による行動遺伝学モデルの新展開 1997 心理学研究 Vol.67464-473.
 ここで豊田氏がいだいた「素朴な疑問」というのは、私が11月7日分で書いた
双生児の研究では、一卵性双生児の類似度が二卵性双生児より高いことは遺伝的影響の関与を示す証拠となる。しかしこの比較だけでは、双生児の特別な生活環境(=生まれた時から一緒に暮らす。ベッドや両親も常にshareしなければならない)を取り除くことはできないのではないかとちょっと思った。もちろん、中には、両親が離婚したり戦争や事故のために別々に育てられるということもあるだろう。しかし「双生児であるが別々に育てられる」というのは、かなり特殊な条件であって、「別々に育てられる」ことの論理的帰結として2人のうち少なくとも1人は両親と一緒に暮らせないわけだから、かなりストレスフルな状況で育てられる可能性があると推測せざるをえない。そういう意味では、一緒に育てられた双生児と、別々に育てられた双生児を比較することには、想定外のファクターが働く可能性がある。
ということとほぼ同じではないかと思う。御紹介いただいたように、双生児と一般児を比較すれば、その問題はある程度解決するものと思う。なお、豊田氏からいただいた上記の情報では、「社会的スキルはほぼ0%遺伝から影響される」(=全く遺伝しない?)となっていたが、今回の講演では、社会的態度もかなりの影響を受けるという結果が報告されていたように思う。これが第三世代の行動遺伝学の進歩と言えるのかどうか、あるいは「社会的態度」は「社会的スキル」より素因が反映しやすいためなのかどうかは確認できていない。




 さて、少々長くなったが、行動遺伝学についての感想はこれで終わりとさせていただく。

 私自身は、精神障害、パーソナリティ、社会的態度、その他、あらゆる行動特性において、遺伝的要因がある程度関与することは当然であろうと思っている。また、例えば、私自身は身長が161.5cmと背が低く、このことによって受けた屈辱(1998年2月10日の日記参照)は、私の興味対象や努力の方向に大きな影響を与えた。これはあくまで間接的、副次的な影響ということになるが、身長を規定する遺伝的要因は、私の性格形成に重大な影響を及ぼした言うことはできると思う。

 しかし、もし遺伝的要因が、単なる量的な差、例えば、駅伝競走でタスキを受け取る時のように、単に、それを早く受け取るか遅く受け取るかというだけの違いであるならば、さほど深刻に受け止める必要は無いように思う。最下位でタスキを受け取った選手が不利になることは確かであるが、逆に「10人ゴボウ抜き」の醍醐味も出てくる場合がある。ある程度以内のハンディであるならば、そんなことは気にせず、むしろ、努力で克服することだけを考えていけばよいのではないかと思う。

 行動遺伝学の知見が生産的な指針となるのはあくまで、質的に異なる対応をしたほうが有用であると判断された場合である。あくまで仮想の話だが、仮に外国語習得法に関して遺伝的に規定されたx,y,zという質的に異なる3つのパターンがあり、それに対応した異質な学習方法、X、Y、Zが開発されていたとする。この場合、自分がxであるかyであるかzであるかを的確に知ることは、より合理的かつ最善の学習方法を選ぶ上で有用となる。

 今回の講演では、ある程度、そのような可能性が示されたように感じた。

 このほか、抄録にも記されているように、
心理学諸分野の多くにおいて、遺伝的要因と環境的要因が「相互作用して」行動の原因となるということが知られているところではあるが、じつは相互作用のメカニズムがどんなものかについては、理論的研究も実験的研究も殆どなされてこなかった。【訳は長谷川による】
 このことについての基礎的研究にも大きな期待がかけられていると思った。

 次回以降は「日本発の理論を考える」シンポについて感想を述べる予定。