じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Y.Hasegawa


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[今日の写真] 洋蘭。「BGホワイト・ハーモニー」というようなラベルがついていたが、正式な品種は不明。


3月1日(水)

【思ったこと】
_00301(水)[心理]2000年2月の日記猿人界
月初め恒例の日記猿人の話題。はじめに日記数の推移の報告から。表は2000年3月1日の9:00現在における登録累積数(これまでに一度でも登録されたことのある日記数。最新登録番号から管理用の1本を差し引いた数)と、実質登録数(現在登録されている数で、登録数から離脱した番号を差し引いた数)、ランキング不参加数の推移を示す。97年分についてはフリーティケットにアップしてある1998年6月1日の日記、1998年分全体については同じく1999年1月2日の日記、1999年分全体については、 2000年1月2日の日記をご参照いただきたい。

 管理者用2本を除く登録累積数は6815、実質数は5968となった。登録累積数と実質増加数は1月より80〜90ほど少なかった。どうせ始めるなら2000年の元旦からと考えた人が多かったせいかもしれない。なお、Missing Link GenesisのYESさんが池川さんに直接質問されたところ、登録番号の2〜10番はテスト用であり、途中で離脱されたのではなく最初から存在していなかったことが判明している。これまでそのことは考慮せずに「存続率」を算出していた。いまさら計算を変えるとかえって混乱するので、のまま記録をとり続けることにするが、10本の分を外すことによって、実際の存続率はもう少し高い率(最新の集計分であれば.0877)となる。もちろん、存続といっても登録を削除していないというだけのことで、YESさんが細かく調査されたように、「該当ファイル無し」の表示が出る日記も少なくはない。


調査年月日登録累積数前月比実質登録数前月比存続率ランキング
不参加数
不参加率
2000年1月(_00201)6394+5155602+4460.8768650.154
2000年2月(_00301)6815+4215968+3660.8769060.154


 2月には、何人かのWeb日記作者のあいだで、「日記猿人」というシステムについて、意見が交わされた。私は、日記読み日記(2/23)でIsland LifeのShiroさんの御発言に関連して、
「日記猿人」は、池川さんが私費を投じて設置しているサイトに、遠藤さんはじめ何人かの献身的な方が時間を割いてメンテをしてくださっているシステムであると認識している。自発的なコミュニティとはちょっと性格が違うのでは?
と書いた。しかし、Shrioさんが続編で書かれた運営スタッフで無い人がみんな「お客様」気分でいられたら困るだろうという視点については私には考えが及ばなかった。

 世の中、自分が金を出して買ったものは、いつ捨ててもユーザーの自由。スポーツクラブなども、期間分の会費さえ払っていれば、いつ退会しても自由。「料金/代金」と引き替えに、お客様気分で居ることができる。

 ところが、インターネットが普及する中で、お金を払わなくてもお客様気分で居られるサービスがいっぱい現れてきた。もちろん、「無料」といっても何も代償が無いわけではない。たいがいは、それと引き替えに、商品宣伝のバナーを貼り付けるとか、個人情報を晒すというように、ある意味では「料金/代金」以上のものを相手方に「支払っている」のである(※営利目的ではなく、サイト維持のために広告収入を得ている場合、フリースペースをレンタルしている場合もある)。

 こういう無料サービスになれきってしまうと、「どうせタダなんだから」とか、「利用できるものは何でも利用してやれ」という安易な気持ちで、サイトの趣旨や仕組みを知ろうともせずに参加してしまう人がいる。もちろん現行の「日記猿人」はそういう人達にも開かれているわけだが、やはりお客様気分ではイケナイ。システム管理のお手伝いはできないとしても、参加する以上は、自分がどういう点で「日記猿人」に貢献できるのか、少しは考えてみてもよいと思う。それは、ただ「自分の日記をネットに向けて拠出する」という更新報告だけであってもよいし、他の人の日記を読んで励ましのメイルを送るというだけでもよい。反面、日記読み日記にも書いたが
  • 捨てぜりふを残して離脱する
  • 宣伝のための利用価値しか考えない
  • 離脱にあたって、登録の削除手続をしない
というような行為は、「ボランタリーなシステム」への参加行為としては適切さを欠いていると言わざるを得ない。考慮に入れていただければ幸いです。
【新しく知ったこと】

 昨日の日記の続き。2/27の日記で
新潟県警本部長の経歴が2/27の朝日新聞に載っていたが、それによれば、岐阜県多治見税務署長、沖縄県警警備部長....など歴任となっていた。税務署の署長が警察本部長になるというのは奇妙な感じがするのだが、誤植なのだろうか。
と記したことについて、さらに、あんくるさんから次のような情報をいただいた。許可をいただいたので一部を転載させていただく[改行位置等は長谷川のほうで一部変更させていただきました]。。
国家公務員の一種(上級職)においては、他省庁への出向は、ほぼ、「義務づけられて」おります。

俗に「省あって国無し」と言われ、とかく省益優先の思想を持ち気味、ということで、数年前、確か、人事院かどっかから、「少なくとも本省課長級の人選に当たっては、複数の他省庁の経験者であるべき」というようなお達しが出たはずです。

で、課長級になれるほどの人物かどうかはわかりませんので(本省課長級には、感覚的な数字ですが、上級職の3/4はなれません。
目安としては、近年まであった「政府委員」っていうのがこの課長級以上、と大体一致します。
中級職で、特に(級)に当たる部分(いわゆるラインでなくスタッフポスト)になる方が数名いらっしゃる程度です。)ということで、ほとんど全ての上級職が、近年は、2度は他省庁に出向します。

つまり、少なくとも上級職においては、他省庁の経験というのは珍しくない、というか、他省庁の経験が無い方が珍しい、ということです。

ですが、他の出向事例では「地方支分局の『長』」になることはまず、ありません。
例えば○○本部○○部長とかにはなっても、○○署長というのは、あんまりないはずです。

なお、税務署長というのは、大蔵省では本省係長経験者の地方経験ポストの一種でもあり、28才の税務署長というのも聞いたことあります。
なお、2/29の日記では、税務署職員と税理士の資格についても疑問を述べたが、この点についてはお気軽日記の古川さんが、3/1から詳しい説明の連載を開始してくださった。このほか、上記の、あんくるさんによれば、
各省庁に営繕(つまり官庁建物(霞ヶ関だけでなく、地方の税務署、郵便局、国立の学校、刑務所、その他諸々)の建築修繕)部局がありますが、この部署の場合、建築士法だったかなんかの制限により、建築士の資格を有していないと、係長になれないそうです。
とのこと。ちなみに、国立大学の教員になるためには教職免許とか特別の資格のようなものは一切必要ない。もっとも現実には人事委員会で多数の応募者の業績が公正に比較されていくため、学位はあったほうが有利。公募書類にも「博士の学位を有するもの、もしくはそれに相当する研究業績を有するもの」といった一文が入れられる場合がある。
【今日の畑仕事】
夕食後の散歩時にレタスとブロッコリーを収穫。
【スクラップブック】