じぶん更新日記1997年5月6日開設Copyright(C)長谷川芳典 |
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2012年版・岡山大学構内でお花見(28)パンジーからペチュニアへ丸ごと植え替え
本部棟、研究推進・産学官連携機構(旧事務局庁舎)近くの花壇が、パンジーからペチュニアに丸ごと植え替えられた。丸ごと植え替え方式については昨年5月20日の日記でも考えを述べたところである。 公共花壇の宿命として丸ごと植え替えもやむを得ないところがあるが、毎朝散歩している者としては、「花はきれいだが、ポット苗がそこに埋め込まれているだけ」という印象しか持てない。植えっぱなしのイギリス式多年草花壇のほうが、四季折々の花が少しずつ咲いたり散ったりして、遙かに季節感がある。というのが私の考え。ちなみに、岡大西門・西側花壇は、植えっぱなしの多年草花壇となっている(5月2日や、5月11日【楽天版】参照)。こちらは、発芽から蕾、開花までの変化を楽しむことができるが、欠点として、
※岡山大学構内の花だよりのアルバム(追記更新型)をLife-Xに公開中です。随時追加していきますので、時たま覗いていただければ光栄です。 |
【思ったこと】 _c0516(水)「めんどくさい」とは(8)その対策(4) この連載の最終回。 これまでのところで、「めんどくさい」については
いっぽう、高齢者の場合、体力の衰えや病気などによって、若い時と同じスピードで作業を続けることがしだいに困難になってくる。あまり多くの用事を引き受けてしまうと、それをこなそうとするあまりに無理をしたり、優先順位の低い行動を面倒だと感じたり、あるいは、それができなかった時に老いの虚しさに陥る羽目になりかねない。福祉制度がある程度整った国であるならば、高齢者は本来、しなければならないことばかりに縛られることはあり得ないはずであり、むしろ、何もすることが無くて「無為自閉」に陥りがちであることのほうが問題となる。 であるからして、高齢者においては、まずは、行動の選択肢をできるだけシンプルにした上で、選んだ行動を確実に遂行できるよう、環境を整えることが必要であると思う。どういう選択肢を選ぶのかはそれぞれの人の好みやヒストリーにより多種多様であり、例えば、
また以前にも述べたことがあるが、めんどくさいと思われがちな日常生活の雑用を見直し、洗面、食事(料理、配膳、片付け)、入浴といった基本習慣それ自体に意味を持たせ「儀式化」していくことも大切ではないかと思っている。歯磨きが面倒だという人は、歯磨きも「身を清める」行為の1つだと意味づけ、歯ブラシを1回1回動かすことで気分を整えて行くように「儀式化」していけば、そんなに面倒ではなくなるかもしれない。忙しい若者では難しいかもしれないが、時間にゆとりのある高齢者であれば儀式化は十分に可能であろう。 |