じぶん更新日記

1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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 人間・植物関係学会2012年度大会参加のため神戸にやってきた。写真は宿泊先の近くにある、神戸ポートタワー。こんなに近くまで来たのは初めてだが、今回を含めて一度も登ったことがない。

6月23日(土)

【思ったこと】
_c0623(土)マイケル・サンデル5千人の白熱教室 (7)遅刻への罰金と清掃不参加費の効果

 昨日の続き。

 番組(講義前半の収録)の最後のあたりでは
  • イスラエルのある保育所では、子どものお迎えの時間に親が遅れてくるという問題を解決するために、遅く来た親に対して、罰金を科すというルールを導入した。
  • 標準的な経済学の考え方から言えば、遅刻に対して罰金を科すと減るはずであったのが、遅く迎えに来る親の数が増えたという逆のことが起こってしまった。
    【講義録はこちら
という事例が取り上げられた。但し、この事例は、『それをお金で買いますか――市場主義の限界』というサンデル先生の近刊でも取り上げられており、すでにそれを読んだ受講生は正解を出しやすかったようである。サンデル先生の解釈は
  • 遅刻する親は、以前は保育士に対して「迷惑を掛けている」そして「遅刻しないようにしなければ」という義務感があり、罪悪感を感じていた。
  • 罰金を科されるようになって、まるでこの罰金は、時間延長サービスの手数料のようだと親は割り切れるようになってしまった。
  • 金銭的なやりとりの関係になったことで、ベビーシッターを雇うのと同じになってしまった。
というものであった。

 ちなみにこれに似た議論は、私自身も何度か耳にしたことがある。私が以前住んでいたアパートでは、月に一度、アパートの周りの清掃(草刈りやゴミ撤去)を行う行事があるのだが、必ずしも全員参加にはなっていない。なかには一度も参加しない「常習犯」がいる。そこで、「不参加の住人からは3000円を徴収し、共益費の一部にあててはどうか」というような提案があった。しかし、そういう罰金を科してしまうと、3000円払って不参加で済むならそのほうが楽でいいという人が出てくるのではないかという反対論があり結局ボツになった。同じ議論は、もっと昔に住んでいた地域でもあり、けっこう、よくある話のようである。

 もっとも、清掃行事不参加費を導入することが、コミュニティの構成員間の信頼や責任感を損ねる効果をもたらすのかどうかについては若干の疑問がある。そもそも、信頼関係がちゃんと築かれているならば、清掃作業をすっぽかすという行為は滅多に起こらない。仮に何らかの事情があったとしても次の回には2倍頑張るというように補いあうはずだ。しかし構成員の中には、コミュニティの活動に不本意に参加しているという人も少なくない。清掃活動に嫌々参加するのは、サボった時に、陰口をたたかれたり、自分の子どもが仲間はずれにされたり、村八分にされるのが恐いから、そういう「嫌子出現を阻止」するために行動しているにすぎない。不参加費が導入されれば、そういった「無言の圧力」が無くなるので、気楽になるというだけのことである。つまり、金銭のやりとりで壊れるようなコミュニティは最初から壊れているのではないか、と言えないこともないように思った。

 次回に続く、