じぶん更新日記1997年5月6日開設Copyright(C)長谷川芳典 |
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2012年版・岡山大学構内でお花見(54)岡大・本部棟前のポーチュラカ(花スベリヒユ)。 |
【思ったこと】 _c0916(日)日本心理学会・第76回大会(5)高齢者の「孤立と孤独」を心理学から考える(5)認知症高齢者について(2) 昨日の続き。認知症高齢者についての話題提供は、初任の介護福祉士が認知症高齢者への援助を行う際に感じる困難さ、介護記録の分析と介護スタッフの対応(「受容」と「対応」)についての行動観察、要求行動と認知症の症状・周辺症状との関連性についての検討などを含むもので、多面的な分析が丁寧に行われていた。その中で特に参考になったのは、
このほか2点ほどコメントさせていただく。 1つ目は、心理学的な情報収集の方法は認知症症状の重度化に伴って、適宜切り替えていく必要があるという点。具体的には、
●村上勝俊・望月昭 (2007).認知症高齢者の行動的QOLの拡大をもたらす援助設定─選択機会設定による活動性の増加の検討─.立命館人間科学研究,15,9-24 にも記されているように、いっけん意思表示が困難であるような程度に進行していても、行動分析学的な手法を活用しその反応を分析することで、選択機会や拒否などの意思表示を読み取ることは不可能ではない。この段階ではもう無理だというようにあっさりと切り替えるのではなく、いろいろな手段を講じていく必要があるのではないかと思う。 もう1つは、認知症と「孤立」との関係である。このことについては、話題提供者のオリジナルの分析ではなく、主として、『私は誰になっていくの』と、沖田・永田(2004)からの引用が中心であったと記憶しているが、要介護の当事者の場合の「孤立」は、独り暮らし高齢者の「孤立」とは全く質を異にした「社会的孤独」であり、家族や友人から遠ざけられたり、社会的貢献を期待されないといった社会的排除を元にしている。当事者はまた自身の状態として、「家族もわからなくなってしまうのか」、「将来がどうなるのか」、「機能がどのように低下していくのか」、「どのようになって死ぬのか」といった恐れをいだき、そのことへの対処として、否定をしたり、正常であろうとしたり、被害者になろうとしたりするということであった。ということもあり、当事者と介護者・家族とのあいだの交流は、医学的な治療以上に重要な重みを持っているように思われる。さまざまな伝達手段や、要求の読み取りの工夫・改善にあたり、心理学の研究は大いに貢献するはずである。 次回に続く。 |