じぶん更新日記・隠居の日々
1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



11月のインデックスへ戻る
最新版へ戻る

クリックで全体表示。




 録画済のDVDを整理していたところ、2013年1月4日(金)に初回放送された、NHK-BSP『世界の名峰グレートサミッツ』、

世界最高のクライマー”シルクロードの王”を撮る 〜中央アジア ハン・テングリ〜

が見つかった。『世界最高のクライマー』というのは山岳カメラマンの平出和也さんのことであり、平出さんでなければできない斬新なカメラワークでハンテングリを紹介している貴重な映像が満載されていた。ふもとのカルカラ・キャンプ(2200m)では、偶然、南イニルチェク氷河のトレッキングから戻った日本人グループに遭遇し、そのガイドをつとめていた谷口けいさんが姿を見せていた。谷口けいさんは2015年12月22日に北海道・大雪山系の黒岳北壁で滑落しお亡くなりになっている。また周知のように、平出さんは今年の夏にK2西壁でパートナーの中島健郎さんと共に滑落しお亡くなりになっている。

 今回のDVDについては2019年12月19日の日記でも言及しているが、その後、他のDVDと紛れて視る機会が無かった。

 平出さんが登場する山岳番組はいろいろあるが、もし追悼のために1本を選ぶとしたら、映像の美しさという点からみてもこのハンテングリが最適ではないかと思う。

※写真上はハンテングリ頂上に立つ平出和也さん。写真下は南イニルチェク氷河ベースキャンプから眺めるハンテングリ。


2024年11月11日(月)




【連載】あしたが変わるトリセツショー『がん対策』(7)ナッジの応用(1)

 昨日に続いて、10月17日(木)に初回放送された、

がん対策

についてのメモと感想。

 昨日取り上げたように、がん検診の重要性を説いた講義を聴いた人たちは、その直後にはぜひとも検診を受けなければという感想をいだくようになる。しかし、その後しばらく先延ばししているうちにうやむやになり、必ずしも受診には繋がらない。じっさい、追跡調査を行ったところ、受講者20名のうち3名だけしか検診の予約をしていないことが判明した。

 そこで次に提案されたのが『ナッジ(nudge)理論』の応用であった。ナッジ理論は、2017年にノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラー博士らによって提唱されたもので、「強制するのではなく、人々がすすんで行動を変えたくなるよう小さなきっかけを与えるアプローチ」であるという。具体例としては、
  1. 階段にピアノの鍵盤のように踏むと音が出る仕掛けを作ることで、階段を使いたがらない運動不足の人の利用を促進する。
  2. 男性用トイレで便器からオシッコを外す人を無くすため、便器の中にハエの絵を描いて、そこにオシッコを当てようという行動【結果として便器から外さないようにオシッコをする】を促進する。
が挙げられていた。
 このナッジ理論をがん検診の受診率の向上に役立てようとした論文が、溝田友里さん(静岡社会健康医学大学院大学・保険学)らによって発表された。

Mizota & Yamamoto (2021).Rainbow of KIBOU project: Effectiveness of invitation materials for improving cancer screening rate using social marketing and behavioral economics approaches. Social Science & Medicine, 279, 113961.

 ここでいったん私の感想・考察を述べさせていただくが、放送では『ナッジ理論』というように1つの「理論」として紹介されていたが、私が理解した限りでは、何かの対策の基礎となる理論ではなく政策手法であるように見受けられた。じっさい、環境省の第311回 消費者委員会本会議資料でも、以下のように定義されていた。
  • ナッジ(nudge:そっと後押しする)とは、行動科学の知見(行動インサイト)の活用により、「人々が自分自身にとってより良い選択を自発的に取れるように手助けする政策手法」
  • 人々が選択し、意思決定する際の環境をデザインし、それにより行動をもデザインする
  • 選択の自由を残し、費用対効果の高いことを特徴として、欧米をはじめ世界の200を超える組織が、あらゆる政策領域(SDGs & Beyond)に行動インサイトを活用
  • 我が国では2018年に初めて成長戦略や骨太方針にナッジの活用を環境省事業とともに位置付け(2019年の成長戦略、骨太方針、統合イノベ戦略、AI戦略等にも位置付け)


 ということで、行動分析学の視点から言えば、ナッジを有効にするためには、「好子出現の随伴性による強化(正の強化)」が基本となる。なお、ここでいう「好子(コウシ)」は行動分析学の用語であり、経済学で使われている「インセンティブ」とほぼ同義と考えて差し支えない。
 いずれにせよ、ナッジそのものは理論ではない。理論はあくまで強化・弱化の理論であり、種々の行動原理のうち好子出現の技法を重視するという姿勢と、その有効性を高めるための技法に焦点があてられることになるように思われた。

 リンク先の資料では、
ナッジ(nudge:そっと後押しする)とは

セイラーとサンスティーン(2008)の定義では、
選択を禁じることも、経済的なインセンティブを大きく変えることもなく、人々の行動を予測可能な形で変える選択アーキテクチャーのあらゆる要素
選択の自由は残す(規制・強制ではない)→自由の国アメリカ等で受け入れられた理由の1つ
というようにも特徴づけられている。「好子出現の随伴性による強化(正の強化)」が基本ではあるが、
  • 税制や補助金のように経済インセンティブを大きく変えるものではない
  • 小さく経済インセンティブを変えるもの(少額の節約、ポイント等)は除外していないが、経済インセンティブの受け止め方の大小は個人差があり、一様に言えない
  • 少なくとも、経済インセンティブだけで動かすのはナッジではない
というようにも限定されており、「ナッジ=好子出現」というわけではなさそうだ。さらに公共政策のナッジとしては、

日本版ナッジ・ユニット連絡会議 有識者(阪大・大竹教授)の指摘
ナッジには、
  • 特定の目的を達成したいという気持ちをもっている人の行動を促進するものと、
  • そのような理想的な目的をもっていない人に理想をもたせて行動させるというものがある
(第4回日本版ナッジ・ユニット連絡会議)
とも説明されている。

 リンク先によれば、ナッジには良いナッジと、「スラッジ」と呼ばれる悪いナッジがあるという。セイラー(2018)によれば、
  • ナッジを通じて選択アーキテクチャーを改善することで、選択肢を制限することなしに人々が賢い選択をできるようになる
  • 「自分自身にとってより良い選択ができるように人々を手助けすること」が目的(「良いナッジ」)
  • 一方、賢い意思決定や向社会的行動を難しくするような「悪いナッジ」を「スラッジ(英語 sludge:ヘドロ)」と命名
  • 公共部門・民間部門を問わずスラッジを一掃するよう働きかけ
と区別される。

 リンク先では、さらに、

『ナッジ』というと目新しいもののように捉えられがちであるが、私たちの身の回りにはもともとそのようなものがあふれており、が、実は行政で日常的に行われてきた広報・普及啓発はまさにナッジ(的なもの)であり、身構える必要は無い。【要約・改変】

とも指摘されており、
  • その多くはまだ実証実験の段階。効果を明らかにした上で施策にまで落とし込んでいる事例はあまり多くはない。
  • ナッジを行政で公共政策として活用する際には、「良い」ナッジ、かつ、「効果のある」ナッジであるべき。その際、市民にとって良いのか、社会にとって良いのか、両立できないときは何を優先すべきか? 何をもって「良い」「悪い」とすべきか?
  • ナッジはあくまでも政策オプションの1つにすぎない。ナッジかそれ以外か、の二元論ではなく、伝統的政策手法と補完し合って、施策の実効性を高めるためにナッジを活用できないか。
  • ナッジの活用は他の政策アプローチと同様、人々の生活に介入し、行動様式に影響を及ぼすことがある。その活用に携わる人は、法令の定めるところに加え、高い倫理性が求められるもの。
などと指摘されていた。
 以上に引用はもっぱら日常生活場面の行動に関わるものであったが、学校教育にもとうぜん活用することができる。ザッと検索したところ、 などがヒットした。

 次回に続く。