じぶん更新日記・隠居の日々
1997年5月6日開設
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 半田山植物園で見かけたカリンの実。山の斜面に生えているため、落ちた実はごろごろ転がって山腹に排水溝に溜まる。
 なお、撮影場所の実はすでに廃棄されている。以前、植物園とは別の場所で採れた実を販売したこともあったが、重くて持ち帰りにくい、食べ方が分からない、といったせいか売れ行きはサッパリであった


2024年11月22日(金)





【連載】あしたが変わるトリセツショー『がん対策』(16)ナッジの応用(9)厚労省公開資料からナッジを学ぶ(6)カーネマンらの研究はどこが凄いか/通販のCMの手法の功罪

 昨日の続き。放送内容に関連した話題として、ネット上で公開されている、

溝田友里(2021).ナッジ理論等の行動科学を活用した健康づくりの手法についてー具体的事例を交えてー

というパワーポイント・スライドをもとに、ナッジについて考察をしていく。

 昨日までに引用させていただいたように、ナッジのフレームワークは頭文字の語呂合わせで『EAST』とか『MINDSPACE』と簡約スライド27頁によれば、『MINDSPACE』は、
  • Messenger 誰から 情報提供者の好き嫌いや権威の有無に影響を受ける
  • Incentives インセンティブ 標準的インセンティブ、損失回避(増えることよりも失うことを避ける)、参照点、依存性、双曲型割引など
  • Norms 規範 多くの人がやっていること(社会規範)に影響を受ける→社会規範をつくる
  • Defaults デフォルト デフォルト(あらかじめセットされたもの)に従う。オプトインからオプトアウトへ
  • Salience 顕著性 目立つもの、魅力的なもの、新しいもの、自分に関係があるものに惹かれる
  • Priming プライミング 事前に見たり聞いたりしたものが行動のきっかけになる
  • Affect 感情 言葉や印象、出来事などに対する感情的な反応が意思決定に大きな影響を与える
  • Commitment コミットメント 内外への宣言・公約に従おうとする(書面に書くなども)
  • Ego エゴ 自分自身の気分がよくなる方向に行動する
となっている【要約・改変あり】。これらはいずれも、選択行動、価値割引、カーネマンらの行動経済学の理論の知見を簡潔にまとめたものであった。




 ここで少々脱線するが、私がカーネマンらの論文、例えば:

Judgment under Uncertainty: Heuristics and Biases.
を拝読したのは学部4回生の頃(1975年頃)であり、来日していたFantino先生の特別講義のなかでカーネマンとトベルスキー(←確か、Fantio先生は「トゥヴァースキー」というように発音していた)の一連の研究が紹介されたのがきっかけであった【2012年12月7日の日記参照】。
 それから50年が経過した今になって振り返ってみると、上掲のカーネマンらの論文はその後の研究の発展を促し一般社会にインパクトを与えたという点で、1970年代の心理学関係の論文の中でも最も影響力が大きかった論文の1つであったと評価できるように思う。1970年代には、他にも同程度に注目を浴びた研究はあったが、それらの多くは心理学の1つの領域の仲間うちだけで評価された「流行の波」のようなもので、その領域の外の世界に貢献することがないまま、10年も経てば忘れ去られてしまうことが多かった。




 もとの話題に戻るが、スライド29頁以下では、受診勧奨にナッジを適用した事例がいくつか紹介されていた【要約・改変あり】。なお「→」以下は私のコメントを含む。

  1. 「インセンティブ(お得感)」と「損失回避」の利用
    「今年度は○○市から補助があるから、今なら安く受けられます」というような勧奨。
    ここで重要なポイントは、タダから受けましょうという「安かろう悪かろう」を連想させるものではないこと。本当は1万円もかかる高価な価値のある検診だが、今年度は自治体の助成があるため安く受けられるというようにお得感を強調。また、「今なら」という言葉から「このタイミングを逃すと検診費用の負担が増える」というな印象を与えることで「損失回避」を誘導。
  2. 「簡単で楽な行動を選ぶ」と「タイムリー」の利用
    検診を受けようと思った人に対して、次に何をすればよいか、簡単で具体的な動作指示。テレビの通販のCMでは画面に申し込み窓口の電話番号が大きく表示されているが、これと同じ。
  3. 「みんなも受けている(社会規範)」の利用
    「毎年、受診期限が近づくと大変混み合います。お早めにご予約・ご受診ください」という言葉で「みんなも受けている」ことを示唆。
    →日本人は同調圧力に弱い。『沈没船ジョーク』でも日本人に対しては「皆さん飛び込んでます。」が最適と言われるほどである。新型コロナのワクチン接種の際には、職場などで「みんなも受けている」という同調圧力があったように思う。
     このほか通販のCMの「94%の方から好評価をいただいています」【←98%といった数値が使われることもある。いずれも架空の数値と思われる】というのも圧倒的多数から支持されていることを示唆。
  4. 「情報提供者のオフィシャルさ(メッセンジャー)」の利用
    オフィシャルなところ(行政)からの案内であることを強調。
    →健康食品のCMなどでは、有名人の体験談、医師の談話、東大で行われたという有効性を示す報告などで権威付けされている。

 ここからは私の感想・考察を述べさせていただくが、通販のCMが大嫌いな私としては、それらと同じような手法を使うことには少々抵抗感がある。もともとテレビの通販のCMというのは、

●本来はそれほど必要でない商品を言葉巧みに欺き、実際には割高な価格で売りつける

という手法であって、限りなく詐欺に近いように思われるからである。
 とはいえ、がん検診自体は結果としてご本人のためになるのだから、上掲のようなナッジの手法を利用して少しでも受診率を増やそうという取り組み自体は悪いことではないと思う(←目的が正しければ、それを達成する手段として、ある程度その人を騙すような働きかけが含まれていても許容される?)。但し、この手法だけで受診率を増やそうとしても限界があることは確かだ。この点については、スライドの終わりのほうで論じられている。

 次回に続く。