じぶん更新日記・隠居の日々
1997年5月6日開設
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 岡山では、11月20日〜29日の10日間の最低気温がすべて10℃未満、このうち5回は5℃未満となった。この寒さで半田山の黄葉が一気に進んでいる。


2024年11月29日(金)




【連載】ヒューマニエンス 「“不安” ヒトが“自らつくった”進化のカギ」(3)不安は行動の説明概念になるか/なぜゼブラフィッシュ?

 昨日に続いて、11月25日にNHK-BSで再放送【初回放送は6月1日】された、NHK『ヒューマニエンス』、

「“不安” ヒトが“自らつくった”進化のカギ」

についてのメモと感想。

 放送では『不安』の定義に続いて、「ヒトは“不安”を利用した」という話題が取り上げられた。

 まず紹介されたのは、岡本仁さん(理化学研究所脳神経科学センター)の研究であった。岡本さんによれば生物が不安を進化させたのはあるメリットがあったからと考えられる。すなわち、

我々が不安あるいは恐怖を感じるというのは、より安全なところへ自分を導くための原動力にならないと生存にとって何のプラスにもならない。そういう生存を高めるためのポジティブな不安を研究している。

ということであり、実際に紹介されたのはゼブラフィッシュに危険を学習させるという実験であった。
  1. 実験用の水槽は2つに分かれており、間に敷居があるものの通過することはできる。
  2. 2つの水槽のうちの片側にはランプが取り付けられており、ランプの点灯後しばらくすると電気ショックがかけられる。
  3. これを繰り返すと、ランプが点灯しただけで電気ショックを受けるのではないかと不安になる。
  4. ゼブラフィッシュはランプがついたあとすぐにもう一方の水槽に避難した。つまりランプが点灯しただけで危険を回避した。
 以上の実験では、ゼブラフィッシュの脳の手綱核(たづなかく)と縫線核(ほうせんかく)が重要な役割を果たしている。ランプが点灯すると目で受容した危険信号が脳に送られ、手綱核が活性化して縫線核に伝わり、不安に対抗する物質セロトニンが放出される。その物質が不安を伝え(不安に促されて)危険を回避する。

 ここでいったん私の感想・考察を述べさせていただくが、上掲の実験自体は、『回避行動』、私が学生だった頃から知られていた事例であった。この実験が紹介されている時、どなたかが「パブロフ」という声を発しておられたが、パブロフの条件反射(レスポンデント条件づけ)とは異なり、「嫌子出現阻止の随伴性」で強化された回避行動の事例と考えるべきである。
 パブロフの唾液反射の実験も、スキナーのオペラント条件づけの実験も、上掲の回避条件づけの実験もすべてそうだが、徹底的行動主義の立場では冗長な仮設の概念は不要であると考えられており、例えば上掲の3.の「ランプが点灯しただけで電気ショックを受けるのではないかと不安になる。」という時の『不安』は冗長であり、単に、

●「ランプ点灯→電気ショック」という対提示を繰り返すと、ランプを弁別刺激として電気ショックを回避するようになる。

と述べても回避行動の予測やコントロールの精度は変わらないとされてきた。11月27日にも述べたが、我々は危険なものを避ける時にいちいち不安を感じているわけではない。私が毎日ウォーキングをしている時には柵の無い危険な側溝沿いを歩いたり、T字路では塀にぶつからないように向きを変えて歩いているが、そのたびに側溝に落ちたらどうしようとか、塀にぶつかったらどうしようなどと不安を感じているわけではない。

 但し、徹底的行動主義の創始者であるスキナーは別段、脳科学の研究を否定したわけではなかった。スキナーはいずれ脳科学が発展すれば、オペラント行動の強化や弱化の原理は脳科学のレベルで裏付けがなされると主張していた。しかしスキナーが生きていた時代はまだ脳科学は未発達であった。そういう時代において、生理学的な裏付けの無い構成概念のようなものを多用しても行動の科学は進歩しない、理論のための理論の再構成ばかりにエネルギーを費やすのは時間のムダになるだけだと言いたかっただけである【←あくまで長谷川による推察。スキナーが言っていたことの直訳ではない】。
 ということで元の話に戻るが、昨今の脳科学や関連する分野の研究が発展するなかで、回避条件づけの生理学的なメカニズムが詳細に明らかにされていくというのはまことに結構なことだと思う。

 もっとも上掲の「ランプが点灯すると目で受容した危険信号が脳に送られ、手綱核が活性化して縫線核に伝わり、不安に対抗する物質セロトニンが放出される。その物質が不安を伝え(不安に促されて)危険を回避する。」という説明は、視聴した限りの範囲ではよくわからなかった。セロトニンは不安に対抗する物質とされているのに、それが「不安を伝えて、その不安に促されて危険を回避する」というのは逆ではないかという気がする。セロトニンが放出されると不安が低減するため回避行動が起こりにくくなるように思うのだが、どこかで勘違いしているのだろうか。
 あと、これもすでに述べたことであるが、回避行動の実験装置の中のゼブラフィッシュが何らかの情動的反応を起こしていたとしても、それが人間が感じる『不安』と同じものであるかどうかは何とも言えないように思う。ゼブラフィッシュが感じている(かもしれない)不安は、あくまでランプの点灯と電気ショックの対提示によって生じるものである。もとのランプとは色や明るさの異なるランプが点灯した場合、刺激般化によって多少の不安が生じるかもしれないが、音刺激に反応することはない【あまりにも大きな音であればそれ自体に驚くかもしれないが】。いっぽうヒトの場合は、あるメロディーを聴いただけで不安になることがある。そのメロディーが恐怖体験と対提示されている場合(レスポンデント条件づけ)はもちろんのことだが、そのような条件づけを受けていなくても、言語的な関係フレームの働きでメロディーが不安をもたらす場合が無いとは言えない【たとえば隣国の国歌のメロディーに好感を持っていた人が、隣国から侵略を受けた後にはそのメロディーを聴いただけで不安になるような場合】。

なお、ネットで検索したところ、岡本仁さんのご研究を紹介した記事や論文がいくつかヒットした。中身までは拝見していないが、なかなか面白そうなタイトルが並んでいた【順不同】。  このほか、ゼブラフィッシュについては、以下のような記述があった【出典は省略させていただく】。
  • ゼブラフィッシュは魚類ですが、全ゲノム配列ではヒトと80%の相同性があり、遺伝子数もヒトとほぼ同じです。
  • 飼育や採卵が簡単なこと、遺伝的な操作が確立されていること、しかも卵と稚魚は体が透明なことから、実験に用いるモデル動物として重用されているのです。
  • 小型魚類であるゼブラフィッシュは、優れたモデル動物として盛んに 用いられている。 しかし、ゼブラフィッシュでは遺伝的背景が均一な近交系が作成されておら ず、現在これが大きな欠点となっている。
  • ,体のサイズが小さいこと,そして,近交系又はクローン系統が存在しないことである.このような欠点は,特に細胞レベルの研究においては,致命的である(細胞数を多く集める必要がある場合など).また,細胞性免疫や再生医療モデルを目的とした移植実験を行う場合,主要組織適合抗原 (MHC)が一致した,近交・クローン系統が必要である.


 次回に続く。