じぶん更新日記

1997年5月6日開設
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 日曜日の午前中、『NHK将棋トーナメント』藤井竜王・名人vs佐藤康光九段戦をテレビで観戦した。
 この日の解説者は永瀬拓也九段、聞き手は室谷由紀・女流三段であったが、永瀬九段の解説がなかなか面白かった。
 放送では、予想手などの一般的な解説のほか、
  • 佐藤九段は居飛車を指すと宣言したが、それに反して振り飛車を指すこともある【今回は宣言通り居飛車】
  • 藤井竜王・名人の序盤と終盤の特徴【序盤は将棋ソフトを使った勉強・研鑽、終盤はタイトル戦で鍛え上げた読みがちから。終盤は天賦の才】
  • 佐藤九段の特徴【将棋ソフトをメインには使っていない。長年の経験の蓄積】
  • 藤井竜王・名人のまばたきや扇子の使い方
  • 相手の表情を見る棋士。よく相手の顔を見るのは豊島九段。
  • 藤井竜王・名人の趣味は鉄道とパソコン、永瀬九段の趣味はアニメなので趣味に関しては共通の話題がないので研究会では将棋の話をする。
  • 永瀬九段は対局が終わってから相手が誰だったか気づくこともある【純粋に盤だけ見ている】。
  • 終盤は一期一会の盤面なのですべて読み尽くす【計算が大変】。
  • 藤井竜王・名人は棋士に成り立ての頃は決めに行くタイプだったが、今は「あなたは延命するか、首を差し出すかどちらかにしなさい」という二択をつきつけて勝つ。延命を選ぶと全部取ってくる。
  • 本来なら10手くらい前で投了の場面であってもNHK杯では視聴者へのサービスとして終局まで指す。
といった興味深いエピソードが語られ、今期のNHK将棋トーナメントの解説の中では一番面白かった。

 ところで最近、棋譜利用に関する裁判が話題になっている。法律上の専門的なことは分からないが、私なりに素朴に考えると、
  1. 対局の様子を瞬時に再現するような配信は一定の制限をかけるべき。でないとスポンサーがつかなくなり、結局、資金難からタイトル戦が実施できなくなってしまう。
  2. 対局終了後の棋譜解説(画像下のアユムさんの解説のような配信)は認めるべき。但し、主催者が一定の範囲で棋譜利用料金を徴収することはあってもよいと思う。

 AIの進歩により最近ではプロ棋士の解説よりもAIに依拠したユーチューバーの解説のほうが最善手やいろいろな変化を分かりやすく学べるようになってきた。そうなると、プロ棋士による解説はこれまでのようなありきたりの解説では魅力に欠けるようになる。
 そんななか今回の永瀬九段の解説は、藤井竜王・名人や佐藤康光九段と実際に対局した経験が豊富な豊富なプロ棋士でなければできない内容を含んでおり、ユーチューバーではできない魅力があった。最善手や変化の解説だけならAIでもできる。AIやユーチューバーではなくプロ棋士にしかできない解説とはどういうものか、今回の永瀬九段の解説はその可能性を示唆してくれた。

2025年02月10日(月)




【連載】チコちゃんに叱られる! レトロなものが懐かしいのは「親が懐かしがってるから」という胡散臭い説明

 昨日に続いて、2月7日(金)に初回放送された表記の番組についての感想・考察。本日は、
  1. ヒーローってもともとなに?
  2. なんでカモの親子は子どもが後ろに並んで泳ぐの?
  3. なんで体験したこともないのにレトロなものを見ると懐かしいと感じるの?
という3つの話題のうち最後の3.について考察する。

 放送では、体験したこともないのにレトロなものを見ると懐かしいのは「親が懐かしがってるから」であると説明された。レトロ文化に詳しい浅岡隆裕さん(立正大学)&ナレーションによる解説は以下の通り【要約・改変あり】。
  1. そもそも『レトロ』という言葉はレトロスペクティブ(retrospective)の略で、「古きよきものを懐かしみ愛好すること」を言う。
  2. レトロと言えば『昭和レトロ』が有名だが、今の若者の間では『平成』もレトロの一部。『たまごっち』や、『コンパクトデジカメ』、『デコったガラケー』などが平成レトロとして人気。
  3. 放送ではオススメのレトロとして『東京さくらトラム(都電荒川線)』の三ノ輪橋停留場、すぐ近くにある『ジョイフル三の輪商店街』が紹介された。商店街は店舗と住居が一体となった看板建築が残っており、ガラスケース越しに肉を量り売りする肉屋さんや銭湯などがあった。
  4. レトロブームは強弱あるが昔から続いている。
    • 1980年代後半、多くの若者がディスコに通ったバブル時代は2017年の『バブル時代ブーム』として蘇った。
    • 2005年に映画『ALWAYS 三丁目の夕日』がヒットし昭和30年代ブームで当時の家電製品がリバイバルしたり、東京タワーに人気が集まったりした。
    • 1990年代にはレトロのテーマパーク、大正時代の建物が多く残る『門司港レトロ』、昭和33年の街並みを再現した『新横浜ラーメン博物館』など、レトロをテーマにした観光地に多くの人が集まった。
  5. 古い時代の人たちも私たちと同様に過去のものレトロを懐かしむ気持ちがあったのではないか。
  6. 現代においてレトロと言えば平成や昭和であるが、それと同様に昭和初期の人は大正や明治の時代を懐かしんでいた。
  7. 明治生まれの文豪・永井荷風は、自分が生まれる前の江戸時代の文化をこよなく愛し、日本の近代化に反対した。
  8. 小江戸(埼玉県川越)や小京都(栃木県佐野)など歴史的な街並みが残っているのも、明治時代の人たちがレトロ愛を感じ、その町並みを大切に残したから。

 ではなぜ、じっさいに体験したわけでもない時代のことを懐かしいと感じるのはなぜか? 浅岡さんは、以下のように解説された。
  1. レトロを懐かしいと思う感情はおそらく『社会的共通体験』によって生まれる。
  2. レトロは全く未経験ではない。あまり自覚が無くてもそれに近いものにふれたことは経験としてある。
  3. 例えばクローゼットから親が若い頃にきていた服を見つけて、子どもがそのファッションをお洒落だと感じたり、家族で一緒に行ったカラオケで親が歌う昭和歌謡の魅力に気づいたり、テレビなどのメディアで昭和や平成を振り返る番組を視たり、そういった場面で親が懐かしいという反応しているのを一緒に見た子どもたちが「これは懐かしいというものなんだな」と認識して同じような気持ちになる。これを『社会的共通体験』という。
  4. 実際に浅岡さんの研究室で行った調査【2016年、首都圏の1000人対象、複数回答可】でも、「昭和30年代についてどこで知った?」という質問に対しては「親や祖父母から聞いた」と答えた人が半数以上の54%にのぼっていた。
  5. 親が懐かしくてよいと思うことは子どもたちに「懐かしくてよいものだ」というように刷り込まれていくということがあるのではないか。
  6. これは伝統的価値観、地域性が受け継がれていくのと同じような構図。例えば関西の人がお笑い好きだったり、沖縄の人はのんびり楽天的なイメージが強かったりするのは、こうした地域ごとの特有な価値観や人々の生活も、親の価値観が知らず知らずに子どもに刷り込まれていく。
  7. つまり私たちは無意識のうちに未体験のレトロなものに触れ、親の世代が「懐かしい」というのを見聞きするうちにいつのまにか「レトロ=懐かしい」と感じるようになる。

 ここからは私の感想・考察を述べさせていただくが、今回の解説はイマイチ納得できないところがあった。最大の理由は、

「親が懐かしがってるから」→子どもは「レトロは懐かしくてよいものだ」と刷り込まれる

という説明を裏付ける証拠が充分に挙げられていなかったことにある。唯一?引用されていたのは

「昭和30年代についてどこで知った?」という質問に対しては「親や祖父母から聞いた」と答えた人が半数以上の54%にのぼっていた。

 という調査データであったが、「親や祖父母から聞いた」と答えた人が54%であったということは裏を返せば46%は親の影響を受けていないと言うこともできる。
 親の価値観が子どもたちに受け継がれるというのも、部分的にはアリだろうが、どの程度の影響を及ぼしているのかは疑わしい。実際私なども、父親は高校の国語の教師であったが、私自身は国語、とりわけ古文が大嫌いであり、むしろ数学に興味を持っていた。また、それなりに反抗期もあり、中学生以降は親とは異なる価値観を形成していったように思う。

 いずれにせよ「親が懐かしがっているから」という説明をするのであれば、例えば調査対象者とその親が好むレトロの内容の一致度、あるいは対象者とその親の接触の度合い【一緒に食事をするかどうかなど】を数量的に把握した上で、「レトロを好む親との接触が多い子どもほど、子ども自身もレトロを懐かしがるようになる」といった統計的な証拠を示してもらいたいものだ。

 ちなみに、こちらの資料によれば、今回の解説者の浅岡さんは、社会学のご出身のようだ。私の現職時代にも同じ学部に社会学の同僚が複数在籍していたが、私は社会学というのがどういう学問なのかよく分からないままに定年退職を迎えてしまった。
 こんなことを言うと怒られそうだが、社会学というのはやたら難しい概念を持ちだしてきて「社会」を大げさに捉えすぎているような印象をいだいてしまう。われわれが社会に依存し、特定の社会体制のもとで生きているのは確かだとは思うが、個々人の行動や価値観は言われているほどには「社会」に縛られていないように思う。

 でもって今回のレトロの話題だが、私は別段、親が懐かしいと感じるかどうかには影響されておらず、そうではなくて私自身の子どもの頃の体験【昭和30年代の実際の暮らし】、映画などで観た江戸時代や明治時代の風景などからレトロに懐かしさや魅力を感じているのではないかと思っている。
 なので、昭和の面影を残す町並みばかりでなく、江戸村や太秦のような後から再現した町並み、さらにはこちらのような海外の旧市街の町並みにも同じ程度の懐かしさを感じた。要するにアニメなどで一度は見たような風景、あるいは一度も見たことのないような異次元世界の風景にも同程度の魅力があり、それらは親が懐かしいと感じたかどうかとは全く関係がない。