じぶん更新日記

1997年5月6日開設
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 4月4日の『チコちゃんに叱られる!』で、「なんで「ウ」にてんてんをつけるようになったの?」という話題が取り上げられた。
 原語の「v」に由来する外来語を「ば、び、ぶ、べ、ぼ」で表すか、「ヴァ、ヴィ、ヴ、ヴェ、ヴォ」で表すかについては、私自身はかなりいい加減であり、ブレがあると自覚しているが、「Venus」については最近はもっぱら「ビーナス」ではなく「ヴィーナス」と表記していたと思う。

 このことでふと、かつて岡大・一般教育棟西側の通称・桜広場にあったヴィーナス像のことを思い出した。
 こちらの2013年6月28日付け記事に記したように、この像がそもそも誰の作品で、いつ頃からどういう経緯でここに設置されているのかが不明であった。写真上にもあるように、確かに芸術作品としてはイマイチで習作であるような気もするが、私が岡山に赴任した20数年前からこの場所にあって、雨の日も風の日も、夏の強い日照りのもとでも、寒風吹き荒ぶ冬の寒さのもとでも、一糸まとわぬ姿で立ち続け、私たちを見守ってくれていた。

写真左はヴィーナス像とその周りを舞っている白蝶のように見えるコブシの花。2010年4月5日に撮影。

 ところが、2013年6月28日、この像は、桜広場一帯の大規模整備工事の一環で重機により破壊され、右側の写真のような無残なガレキと化してしまった。
 事前にそういうことを知っていれば、身を挺して破壊作業を阻止していたかもしれないが、まさかこの像がこんな形で破壊されるとは思ってもおらず、どこか別の場所に移設されるものと勝手に思い込んでいたため、惨殺をくい止めることができなかった。

2025年04月6日(日)




【連載】チコちゃんに叱られる! 「ヴ」の由来/「ア、イ、エ、オ」に濁点がつけられない理由

 昨日に続いて、4月4日(金)に初回放送された表記の番組についての感想・考察。本日は、
  1. コピー機でコピーができるのはなんで?
  2. なんで「ウ」にてんてんをつけるようになったの?
  3. リンパってなんなの?
という3つの話題のうち2.について考察する。

 さて、2.の「ウ」にてんてんをつけるというのは、「v」に由来する外来語を「バ、ビ、ブ、ベ、ボ」ではなく「ヴァ、ヴィ、ヴ、ヴェ、ヴォ」で表すという意味。ウィキペディアによれば、小学校では「バ行」、中学以降では必要のある場合は「ブ」を教えることになっているらしい。
1954年(昭和29年)の国語審議会報告で、 [v]音はなるべく「バ行」をもって表記するよう推奨されていたが、1991年(平成3年)2月7日に国語審議会が答申した「外来語の表記」では原語になるべく近く書き表そうとする場合に [v]音を「ヴ」によって表記することを容認し、同年6月28日公布の内閣告示二号により、国語表記のよりどころとなった。なお、同日に文部省が出した「学校教育における外来語の取扱いについて」では、小学校においては教育的配慮から「ヴ」の表記は避けることとし、中学校において一般的には「バ行」で表記されるが必要のある場合は「ヴ」で表記されることを教え、双方の読み書きができるようにする旨の指針が打ち出されている。
 放送では、この「ブ」が誰によって発案されたのかに焦点があてられた。福澤諭吉を中心とした近代日本について研究している都倉武之さん(慶應義塾福澤研究センター)&ナレーションによる解説は以下の通り【要約・改変あり】。
  1. 「ウ」にてんてんをつけるようになったのは福澤諭吉の思いつき。
  2. 福澤は江戸末期の1860年、25歳の時に『増訂 華英通語』という本を初めて出版した。中国語の英単語集に福澤が日本語訳と読みがなをつけた。その中で『Sleeve』に「スリーヴ」、『Village』に「ヴィレジ」、『Live』に「リヴ」というように「ヴ」の表記が使われていた。またこの本の冒頭の説明書きには「ウに濁点をつけたものは、ブとウの間の音」であると記されていた。
  3. 福澤は19歳からオランダ語の書物を通じて西洋の学術や文化を研究する蘭学を学んでいた。当時は鎖国だったので西洋を知るにはまずオランダ語を習得する必要があった。
  4. その後1854年に日米和親条約が結ばれ、多くの外国人が日本を訪れるようになった。しかし福澤が横浜で自身のオランダ語が通じるかどうかを試したところ、そこで使われていたのはオランダ語ではなく英語だった。
  5. 英語の重要性を感じた福澤は、英蘭辞書を取り寄せ独学で英語の勉強を始めた。当時『諳厄利亜興學(あんげりあこうがく、1811年)のような英学書はあったものの、
    • 『weather』に『ウエッドル』という読みがなをつける
    • 「how do you do」に「ホウ ド ユー ド」というローマ字読みされていた
    • 『voice』は「ホイス」、『vinegar』は「ヒネゲル」というように、vはハ行の発音になるオランダ語の読みが使われていた
    というように、オランダ語のなまりがあるなど不十分であった。
  6. 福澤は1860年、25歳の時に幕府の遣米使節団として初めてアメリカへ渡った。そこで初めて『増訂 華英通語』の基になった『華英通語』(1855年)を手に入れた。
  7. 福澤は『華英通語』を基に自力で日本語の読みがなをつけた『増訂 華英通語』の執筆に取り組んだが、「v」で表記される単語は日本語にはない発音であったため混乱が生じた。寸劇で取り上げられた例として、「vest」は「ヘスト」では通じず、また「ベスト」とすると「best」と区別が付かなくなってしまう。そこで、「ウ」と「ワ」に濁点をつけることを思いついた。
  8. 『福澤全集緒言』には、

    ●vの字を正音に近らしめんと欲し 試みにウワの仮名に濁点(にごり)を附けてヴワ゛と記したるは富時思付の新案

    という記述がある。

 福澤は英語の正しい発音に近い片仮名表記を目ざしたが、いま使われている外来語表記とは異なるものもたくさんあった。
  • Teacher:ティーチャー vs チーチャル
  • Window:ウィンドウ vs ウィヌヅー

そこで放送では福澤の考えた読みがなと現在一般的に使われている読みがなのどちらが伝わりやすいのか、普段英語をメインに使っているという外国人10名に、聞き取り実験が行われた。番組スタッフが福澤が考えた表記と現代使われている表記をそれぞれ読み上げ、参加者は元の英単語が何であったのかを絵を描いて解答した。使われた単語と結果は以下の通り。
  • Curry:カリー vs コ
    →「カリー」は問題無く伝わったが、福澤の読みのほうは「カロリー」や「Curly hair」などと聞き間違える人がいた。
  • Pearl:パール vs ピール
    →「パール」は「パーク」、「(ゴルフの)パー」、「Pond」などと聞き間違えられ通じなかった。福澤の「ピール」のほうは一部の人に正しく伝わった。
  • Button:バトゥン vs ボッツヌ
    →福澤の読みの「ボッツヌ」がきっちり伝わることが分かった。【Buttonの一般的な読みは「ボタン」ではないか】。

 なお、上記の実験では同じ英単語に関して2通りの読みが提示されるため、最初に提示された読みが後から提示された読みのヒントになる可能性がある。厳密に実験的に比較するのであれば、解答者を2つのグループに分けて、一般的に使われている読みと福澤が考案した読みを提示する順序をカウンターバランスする必要がある。




 ここからは私の感想・考察を述べさせていただくが、上記の「ヴィーナス」のところにも記したように、私自身の表記はかなりいい加減であり、ブレがあると自覚している。以下、箇条書きで考察。
  1. 私の専門分野でよく出てくる「ヴ」と言えば、条件反射の研究で有名なPavlovであり、私自身は「パヴロフ」と書くことが多いが、執筆基準や編集者の方針で「パブロフ」に直されてしまうこともあった。
  2. 外来語や外国人名を「バ、ビ、ブ、ベ、ボ」で表すか「ヴァ、ヴィ、ヴ、ヴェ、ヴォ」で表すかをきっちり区別することは、原語のスペルが「b」なのか「v」なのかを書き間違えないために有用であるとは思う。
  3. 同様の区別は「h」と「f」についても言える。原語がfで表される場合に「ファ、フィ、フ、フェ、フォ」で表記することは有用。但しなぜか「hu」と「fu」はどちらも「フ」で表される。福澤はこのあたりの区別は考えなかったのだろうか。
  4. さらに厄介なのは「l(エル)」と「r(アール」の区別。もっとも日本人の大半は「lalilulelo」と「rarirurero」が同じ音のように聞こえてしまうし、自分で喋る時にも同じ発音になってしまう。わざわざ片仮名段階で表記を区別しても実用的には意味が無いのだろう。
  5. ウィキペディアにも記されていたが、かつては「ワ」、「ヰ」、「ヱ」、「ヲ」にも濁点をつけることも提案されていたようだが、定着しなかった。念のためCopilotに、
    日本語では「v」に由来する外来語や人名を「ヴ」で表すことがあります。しかし、「ア」、「イ」、「エ」、「オ」、あるいは「ワ」、「ヰ」、「ヱ」、「ヲ」に濁点をつける表記は定着しませんでした、これはなぜでしょうか?
    と尋ねたところ、以下のような回答をいただいた。
    興味深い観察ですね!「ヴ」という表記が採用された一方で、他の仮名に濁点をつける形が一般的にならなかった理由は、いくつかの要因が考えられます。
    1. **発音の違いと代替表記の影響**
      日本語にはもともと「v」の音がなく、多くの話者が「b」または「w」として発音してきました。しかし、西洋語の発音を正確に表記しようとする試みの中で、「ヴ」が導入されました。これに対し、「ア」、「イ」、「エ」、「オ」などに濁点をつけた場合、実際の発音が日本語の音体系から大きく逸脱してしまうため、定着しなかったと考えられます。
    2. **歴史的な表記の発展**
      明治時代以降、西洋語の音を表記する工夫が試みられましたが、すでに「バ・ビ・ブ・ベ・ボ」や「ワ」行の音が代用されていたため、改めて「ア」、「イ」、「エ」、「オ」などに濁点をつける表記を導入する必然性が低かったのかもしれません。
    3. **視認性と文字体系の問題**
      ヴ」は比較的視認性が良く、カタカナの構造上も特異な形として受け入れられました。一方で、「ア゛」や「イ゛」のような表記は視認性が悪く、文字としての整合性を欠くため、広く使用されることはなかったと考えられます。
    4. **言語の習慣と発音の柔軟性**
      日本語は外来語の発音を適応させる際、必ずしも原語の発音を厳密に再現しようとするのではなく、日本語の音体系に馴染む形で取り込む傾向があります。そのため、「ヴ」以外の濁点付き仮名は不自然なものと認識され、定着しなかったのかもしれません。

    このように、言語の発展や表記の選択にはさまざまな要因が絡んでいますね!言語の進化を考えると、今後も新しい表記や発音の導入があるかもしれませんが、現在のカタカナ表記は日本語に適した形に落ち着いているといえるでしょう。こうした言語の変遷を追うのは、とても興味深いですね。

    Copilotの回答を鵜呑みにしてはいけないが、なかなかもっともらしいことが挙げられていた。
     確かに英語の発音できるだけ正しく覚える上では「ヴ」は有効であるが、日本語の会話のなかで、

    ●このベストは先日ベニスで行われたファッションショーでベストテンに選ばれた。

    と表記しようが、

    ●このヴェストは先日ヴェニスで行われたファッションショーでベストテンに選ばれた。

    と表記しようが、どうせ喋る時にはすべて「ベスト」として発音されるだけのことであり、わざわざ「ヴ」と表す必要はないように思われる。

  6. なお、同じ発音でも濁音がつけられる前の表記が「タチツテト」か「サシスセソ」である場合は、表記上は区別したほうが自然であるように思う。
    →「真鶴(マナヅル)」、「紙詰まり(カミヅマリ)」、「鼻血(ハナヂ)、「地震(ジシン)」など。


 次回に続く。