じぶん更新日記

1997年5月6日開設
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 昨日の日記で『大草原の小さな家』の母親のキャロラインのほうが父親のチャールズよりも年上で姉さん女房のように見えていた。またその理由として

子ども時代のエピソードでは、チャールズよりキャロラインのほうが年長であるように設定されていたと記憶しているが未確認。

と記した、この「子ども時代のエピソード」というのは、結婚記念日なのになかなか帰ってこられないチャールズを待つ夜、子どもたちに、チャールズと交際するようになったキッカケを語るというもので、私にとってはこのドラマの最高の感動回であるのだが、タイトルを思い出せなかった。その後、保有しているDVDをチェックしたところ、

●シーズン4 #16(通算#84)『母さんの初恋』(原題『I Remember, I Remember』
【放送日:アメリカ1978年1月23日、日本:1979年2月10日、私の録画日1989年9月27日】

であることが確認できた。
  • 写真上段はキャロラインとチャールズが最初に出会ったシーン
  • 写真中段は、他の男の子に絡まれていたキャロラインをチャールズ助けたが、家の手伝いがあるといってキャロラインを家まで送っていくのを拒否したところ【チャールズはキャロラインを好きになっていたが気持ちをうまく伝えられない】
  • 写真下段は、ダンスパーティで一緒に踊る約束をしていたものの妨害されて実現せず。その後、キャロラインの家の前で二人だけでダンスを踊るという感動的なシーン。【チャールズはお兄さんからダンスの踊り方を習ったため、女の子が踊るときのポーズ(右手を上げるポーズ)をとろうとしてキャロラインに直されるという細かいシーンが挿入されていた。】
 3枚の写真はいずれもキャロラインのほうが子ども時代は背が高かったことを示している。このことで上記のようにキャロラインのほうが年上ではないかと思ってしまったと考えられる。

 ちなみにこちらによれば、キャロラインを演じたケイティ・カーツマンは1965年9月16日生まれなので撮影時は12歳くらい。いっぽう、少年時代のチャールズを演じたマシュー・ラボートは1966年12月8日生まれなので1歳下になる。12歳前後では女の子のほうが先に背が伸びるので、背が高いからといって必ずしも年上ということにはならないが、どうしても外見で判断してしまう。念のためCopilotに尋ねたところ、実在したチャールズ・インガルスとキャロライン・インガルスの年齢差は、チャールズが1836年生まれ、キャロラインが1846年生まれなので、チャールズのほうが10歳年上ということになる。
 なお、上記のリンク先によれば、シーズン1の『ローラの初恋』とシーズン2の『ダンスパーティ』でもチャールズとキャロラインの子ども時代が回想されているらしいので、見逃さないようにしたい。

2025年04月9日(水)




【連載】4月から放送が開始されたテレビドラマ(2)『ウルトラQ』

 昨日に続いて、3月下旬から4月上旬に観た(or視聴を始めた)ドラマのメモと感想。今回は、4月4日から再放送が開始された、

●【NHK-BSP4K】ウルトラQ

についての感想。

 このドラマは、私が中学1〜2年だった1966年1月2日から7月3日、TBS系列で放送された。全27話。それぞれの内容は殆ど覚えていないのだが、過去日記を検索したところ、2021年4月22日の日記に、

NHK-BSPの番組表で偶然気づき、第4話『マンモスフラワー(巨大植物ジュラン)』から録画を始めた。

という記述があり、#4以降は少なくとも一度は視聴していることが確認できた(#28の『あけてくれ!』は未確認)。もっとも、#1〜#3も、ネット配信動画などですでに観ている可能性がある。

 なお、2024年9月6日に記したように、元祖ウルトラQとは別に、 というシリーズもあり、ネットで無料配信されていた回は視聴している。




 さて、中学生時代に観たということで懐かしいドラマであることは間違いないのだが、内容は、何の脈絡もないのに突然怪獣が出現して大暴れするが最後はめでたしめでたしで終わるといったワンパターンの展開が殆どであり、しかも特撮としてはまだ稚拙であり、怪獣の動きも人間が着ぐるみに入って手足をバタバタさせたりガオーッと声を張り上げたりするだけで迫力に欠けている。

 もっとも上記は、CGの技術が飛躍的に発展したいまの時代から見た上での批判である。私自身も放送当時は「次はどんな怪獣が出てくるのだろう」と楽しみにしていたし、今また再放送をすべて観たいと思っているのだから、単なる「子供だましのくだらない番組」として片づけるわけにもいかない。

 では今改めて再放送を視聴することにはどういう意味があるのだろうか。

 まず特撮が嘘っぽく見える点については、約束事として割り切って考えるべきであろう。歌舞伎の舞台などもそうだが、お芝居の仕掛けはどう見ても嘘っぽい。しかしだからといってリアルさに欠けるというわけではない。狂言に至っては登場人物がまず「このあたりに住まいいたす者でござる」と自己紹介し、太郎冠者を呼び出し用事を言いつける。太郎冠者が舞台の上を回ればどこか別の場所に移動したという意味になる。舞台の上の景色は何も変わらない。すべて約束事として観客が景色を想像することで話が進むのである。放送当時の特撮も似たようなものであり、怪獣の着ぐるみが登場した時に、あれは中に人間が入っているなどと野暮なことを言っても始まらない。怪獣の着ぐるみは約束事であって、視聴者はそこからホンモノの怪獣を想像する。それができればできるほど、リアルなドラマになっていくのである。

 次に放送当時の世相やマナー、差別意識などを知る上で有用な資料になるように思う。例えば寅さんの映画を年代別に観ると、初期の頃は受動喫煙対策が不十分であり、医者がタバコを吸いながら赤ちゃんの診断をしたり、とらやを訪れた人物が店内でタバコをポイ捨てするなど、当時の喫煙マナーがいかに劣悪であったのかを知ることができる。この『ウルトラQ』に関しても、職場での喫煙シーンがしばしば登場している。
 『ウルトラQ』ではまた、各種の放送禁止用語が連発されている。直近で再放送された#2『五郎とゴロー』などはその代表格とも言われている。しかし、当時はそのような言葉が当たり前のように使われており、現在ではその問題点に気づくということは、それだけ差別について理解が深まったという証拠になるだろう。【もちろん、差別用語を口にしないというだけで差別が解消されたということにはならないが。】

 ということで、改めてダビングをするほどではないが、全話を一通り再視聴したいと思っている。

 次回に続く。