じぶん更新日記1997年5月6日開設Y.Hasegawa |
寒風の中、相変わらずセンダンの白金色の実が輝いている。右はその拡大図。 |
【思ったこと】 _10118(木)[心理]論理療法と行動分析(3)推奨できる3つの特徴(3)クリティカルシンキングと論理療法。 14日の日記の続き。10日の日記で、論理療法に関して推奨できる3つの特徴:
あらかじめお断りしておくが、「クリティカルシンキング」という言葉自体は、私の知る限り、論理療法の入門書のどこにも使われていない。しかし、 .....心の中に表れる文章記述の非合理的・非論理的思い込みに焦点をあてて、その文章記述を適切で論理的な文章記述に変えることによって考え方や感情を変え、思考を再構成することを通じて行動の再構成を行っていこうとする....【文献4、p.13】ことが論理療法の本質であるとするならば、思考の再構成にあたって、クリティカルな思考を養うことはぜひとも必要になってくると思う。 じっさい、いま引用した文献【4】の第6章で、ことわざや「日本人論」を引き合いに出して強調されている「オーバー・ゼネラリゼイション(不当な、過度の一般化)の戒め」、「ひとまとめ主義」批判などはまさにクリティカルシンキングそのものの発想であるように見える。少しだけ引用させていただくと、文献【4】で伊藤氏は、『日本人論に関する十二章』(杉本良夫、ロス・マオア、学陽書房)が批判を加えているステレオタイプな日本人論:
余談だが、論理療法の紹介者として知られる國分(こくぶ)康孝氏と伊藤順康(まさやす)氏は、この療法に出会うに至った経緯にかなりの違いがあるようだ。文献【2】によれば、國分氏については わが国にRETが初めて紹介されたのは、精神分析家の霜田静志門下で当時米国留学中であった國分康孝によってでる。それは霜田の研究所-井荻児童研究所の機関紙『愛育心理研究』の一九六七年六月号誌上においてである。表題は「論理療法-考え方を変えれば悩みは消える」と題されている。國分は経済的に楽とはいえなかったので、米国留学中にエリス博士に手紙を書きエリスのワークショップに夫妻で無料で出席させてもらったという。前後してエリスの高弟モーガン博士(Owen Morgan)とハドソン博士(Hudson)から論理療法の継続訓練をメリル・パーマー研究所(デトロイト)で受けている。という紹介がある。いっぽう、伊藤氏が論理療法と出会うに至った経緯は文献【4】の第2章に詳しく記されている。國分氏が「私は折衷主義者である。特定の理論や方法への固執を排し、多様な理論や方法にふれながら自分の考え方や行ない方をクリエートする立場をとっている」(『<つきあい>の心理学』、1982年、講談社現代新書)という態度を表明しているのに対して、伊藤氏は、ご自身の遍歴や幅広い読書を通じて、論理療法を体系的に研究・学習される前にすでにそれに近い考え方を体得されていたようだ。もっとも、これは長谷川の個人的な感想にすぎない。誤解があればご容赦ください。 もうひとつ、今回、「クリティカルシンキング」という言葉を何の定義も無しに使ったが、ネットで検索してみると、これにもずいぶん多様な意味が含まれていることに気づく。時間が無いのでこの点は別の機会に述べることにしたい。とりあえず、先日、私の授業で紹介した資料をこちらにリンクしておく。 引用文献
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【ちょっと思ったこと】
猿てぃん番号って何だ? 妻が春休みに家族で福岡の「サルティンバンゴー」(よく聞き取れない)に行こうと言いだした。私が、「こら、勝手に決めるな、正体の分からない所に行かれるか」と文句を言ったところ「わーぃ、おとうの無知!」と言って、ちっとも教えてくれない。勝手に予約するとか言っているが何のことだろうか。土日にネットで検索してみよう。 [1/19追記] 掲示板にて詳しい情報をいただきました。どうもありがとうございました。
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