じぶん更新日記・隠居の日々
1997年5月6日開設
Copyright(C)長谷川芳典



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 カイノキには雌雄異株であるが、この時期、雌樹と雄樹を区別することができる。写真上は、時計台脇にある雌樹で、この時期には雌花をつけている。写真下は、文学部西にある雄樹で、10日ほど前に役割を終えた雄花が路上に落下していた。

2022年4月25日(月)



【連載】チコちゃんに叱られる!「穴があったらのぞきたくなるのはなぜ?」と「トンデモ進化心理学」

 昨日に続いて、4月22日に初回放送された表記の番組についての感想・考察。本日は、
  1. 「ジグソーパズル」を作ったのはなぜ?
  2. 惑星を「惑う星」と書くのはなぜ?
  3. 地域によることばの違い「行けたら行く」
  4. 穴があったらのぞきたくなるのはなぜ?
という4つの話題のうち、最後の4.について考察する。

 放送では、

があったらのぞきたくなるのは、穴の中いいモノがあるすりこまれているから

と説明された。明治大学で進化心理学を研究している石川幹人先生によれば、私たちの先祖が狩りをしていた時代の生物学的本能が今でも残っており、私たちは生まれる前から「穴があったらつい覗いてしまうのは穴の中に良いものがあるかもしれないとすり込まれているから」であるという。穴の開いた箱を置くとネコはその中に入るが、これは巣穴にいるネズミなどの獲物をとる行為がネコにすり込まれていて、これは一度もネズミを見たことのないネコでも現れる本能的な動きであるが、それと同じようなことが人類にも残っている。いまからおよそ100万年前、人類の祖先が命がけで野生動物を捕獲し生活していた時代、その狩りで学んだことは「穴があればまずはのぞいてみる」であった。こうして「穴をのぞくといいモノが見つかるかもしれない」という好奇心のある人が食料を見つけやすく生存競争に勝てた、というお話であった。

 放送では、これを実証するため、動物園に穴の開いた箱を用意、箱の中には「覗いてよかった」と思われるために石川先生の指示でかわいいぬいぐるみを置き、かつ「本能に忠実ですね」という貼り紙をした。しかし、予想に反して誰も見てくれなかった。そこで、箱の穴の上に大きな文字で「覗かないでください」というメッセージを張り出したが、覗いた人は59人中たったの5人であった。これは動物園では(展示動物のように)他に興味を惹かれるものが多いからではないかと反省し、今度は、手持ち無沙汰の人が多いと思われる街中(映像から戸越銀座と推測される)に箱(穴だけ開いた箱)を置いたもののやはり覗く人はあらわれなかった。そこで動物園の実験と同様「覗かないでください」という貼り紙をつけたところ、32人が穴の中を覗いた。これについて石川先生は「好奇心が高い人は禁止されるとより好奇心が大きくなってなおさら覗いてしまう」と解釈された。




 ここからは私の感想・考察になるが、もし「進化心理学」の研究者たちがみな、

●「穴をのぞくといいモノが見つかるかもしれない」という好奇心のある人が食料を見つけやすく生存競争に勝てた。

という「石川説」に賛同していたとしたら驚きである。そんなトンデモ説で人間行動を解釈されたのではたまったものではない。

 もちろん、今のホモ・サピエンスは、自分の身近にある未知の対象、すなわち、穴の中、木の上、山の上、池の中、遠くの島といったものに好奇心を示すように進化したことは間違いない。またそのような行動傾向が遺伝子レベル、あるいはドーパミン量という形で、生得的に組み込まれている可能性は否定できないとは思うが、それだけで「個々人の行動」が説明できると思ったら大間違いである。

 そもそも「刷り込まれている」という時の「刷り込み(インプリンティング)」というのは生得的な行動傾向ではなく、生まれてから一定期間内に限って強烈に学習されるような現象をさす概念であり、用語の使い方が間違っているように思う。またもし、遺伝的に「覗く」というような行動傾向が決まるというのであれば、遺伝子レベルで精密に解析し、かつそれが親から子にどのように伝わっていくのかも説明する必要がある。今回の街角実験ではそもそも覗き込む人が少なかったが、覗いた人と覗かなかった人の個体差はどう説明するのだろうか。それが遺伝子型まで同定できるなら石川説は正しいと言ってもよいだろうが、放送では「好奇心が高い人は...」というように、好奇心の高さの違いが個体差をもたらしたと解釈している。これでは「好奇心を示す行動をしたのは好奇心が高いからだ」というトートロジーに陥ってしまう。

 そういえば以前にもチコちゃんの番組で、似たようなトンデモ進化心理学による「説明」を耳にしたことがあったと思って過去日記を検索したところ、2021年7月4日その翌日の日記で、

●「何でもかんでも遺伝情報」で「進化心理学」的?に「説明」することの危険

で似たような話題を取り上げたことがあった。その時の私の感想は、

●率直なところ、これほど胡散臭い「説明」を聞いたのは久しぶりであり、これまで視聴したチコちゃんの放送の中でも5本の指に入りそうなトンデモバージョンであった。

というものであった。




 では、上記に代えて、「穴があったらのぞきたくなるのはなぜ?」はどのように説明することができるのだろうか。
 まずすでに述べたように、ホモ・サピエンスは、自分の身が安全であるという文脈のもとで新奇な事象に好奇心を示す(=覗く、近づく、触る、口に入れる...)といった行動傾向を持つことは間違いない。この部分は「そのように進化した」と言ってもよいかもしれない。しかし、その上で、個人個人が、どのくらいの頻度で穴を覗くのかは、その行動が過去にどれだけ強化されたのかによって変わってくる。つまり、覗くという行動の個体差は、強化履歴として説明可能(予測可能)であると言える。世間には、犯罪行為となるような覗きを常習的にする人もいるが、これは、過去において少なくとも何度か、覗きという行動に性的興奮をもたらすような結果が伴ったためであると考えられる。なので、性的興奮をもたらさないような覗きは行われない。例えば、通常、男性が男風呂を覗くことはしない。例は悪いが、要するに「覗き」自体の行動傾向が最初から決まっているのではなくて、「覗き」がその結果によってどのように強化されているのかが重要なのである。

 放送ではもう1つ、「覗かないでください」というように行動が禁止されると、逆にその行動が動機づけられるという話があったが、これは、
  • アダムとイブでイブがリンゴ食べる
  • 浦島太郎が玉手箱を開ける
  • 夕鶴で、与ひょうが「つう」の部屋を覗く
  • 発禁本を読みたがる
  • 削除された画像を見たくなる
などと共通する心理現象であり、その一部の現象はカリギュラ効果と呼ばれることもある【但し学術用語ではない】。また、心理的リアクタンスという用語も提唱されているが、ここでは取り上げる余裕がない。いずれにせよ、「好奇心が高い人は禁止されるとより好奇心が大きくなってなおさら覗いてしまう」という「石川説」では説明できない現象もあることは確かだ。