じぶん更新日記

1997年5月6日開設
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 今年の恵方は西南西だと言われているが、厳密には「西微南やや南」で255°の方位角となる【2月3日の日記参照】。写真右上にあるように、2月16日は、岡山では日の入りの方位が255.7°でほぼ「恵方に沈む夕日」となった。
 なお、日の入りの方位が255°になる日は各地の緯度などによって異なる。国立天文台の2025年の情報によれば、日の入りの方位が255°前後になる日は、札幌では2月18日、那覇では2月12日〜13日となる。

 ちなみに、毎年節分の日に話題となる『恵方』は実は4方向しかない。ウィキペディアによれば、日が沈む方向と恵方が一致することのある年は西暦の一の位が0または5の年。日の出の方向が恵方となることのある年は同じく4または9の年となる。

2025年02月17日(月)




【連載】チコちゃんに叱られる! 「失恋すると海が見たくなる」という根拠に乏しい現象と『胎内回帰願望』というこじつけ

 昨日に続いて、2月14日(金)に初回放送された表記の番組についての感想・考察。本日は、
  1. 年齢を書くとき歳と才って書くのはなぜ?
  2. 観覧車ってなに?
  3. 【こんなんのコーナー】じっと見ると指と指が吸い寄せられちゃう現象
  4. なぜ失恋すると海が見たくなる?
という4つの話題のうち、最後の4.について考察する。

 さて、4.の疑問であるが、放送ではチコちゃんが「失恋した時って海に行くイメージない?」とした上で「なんで失恋すると海が見たくなるの?」と問いかけていた。しかしこれはかなり乱暴な飛躍である。科学的に分析するのであればまず

●失恋した時のほうが失恋していない時より海を見たくなる

ということについてしっかりとしたデータをとる必要がある。なおこの場合少なくとも2つのケースが考えられる。
  1. 【群間比較】3か月以内に失恋した人100人と失恋していない人100人について、海を見に行った頻度に違いがあるかどうか調べる。失恋した人のほうが有意に高頻度であれば、人類共通の法則として「失恋すると海が見たくなる」という証拠になる可能性がある。今回説明された『胎内回帰願望』説も人類共通の傾向を探ろうとしている点で1.の証拠が不可欠となる。
  2. 【個体内比較】同一人物において、失恋した時期と失恋していない時期における海を見に行く回数を比較する。失恋した時のほうが海に行く回数が多かった場合、その個人に限って「○○さんは失恋すると海に行く回数が増える」という証拠になる可能性がある。
 もっとも、1.の比較において、失恋した人は、海ばかりでなく山や神社仏閣巡りに出かける回数も増えていたかもしれない。その場合は、海だけを特異的に見たくなったのではない。「なぜ海を見たくなったのか?」ではなく「なぜ旅に出たくなったのか?」というようにより包括的に問題を捉えたほうがより汎用かつ生産的な知見を得ることができるだろう。
 いっぽう2.のような比較では、特定個人の中での行動に焦点があてられる。例えば、1.の群間比較の結果「失恋しても海を見に行かない」という人が99%を占めていた場合、もはや人類共通の法則として「失恋すると海が見たくなる」と結論することはできない。しかしそれでもなお、特定の1人の中で「失恋した時に海を見たくなる」という傾向が確認されれば、これはその個人の中での一貫した法則であると捉えることができる。
 なお2.のような個体内比較では、全く偶然に、失恋した時期と頻繁に海に行く回数が重なったという可能性がある。偶然ではないことを確認するためには、その人が失恋していない時期Aと失恋した時期Bが「ABAB...」というように交互に繰り返される中でデータを比較する必要がある。とはいえ、そんなに何度も失恋していたのではたまったものではない。

 いずれにせよ放送では、「失恋すると海が見たくなる」ということが最初から前提となっていた。おそらく映画やドラマなどで失恋した登場人物が海を見ているシーンなどの影響を受けて、視聴者の多くはこの前提を素朴に受け入れてしまい、「ホンマに【山や草原や神社仏閣ではなく】海を見たくなるのだろうか?」という疑問をいだかなくなっていたのかもしれない。

 さて、放送では「失恋すると海が見たくなるのはお母さんのおなかの中と似ているから」が正解であると説明された。解説は心理学を研究している藤井靖さん(明星大学)。ちなみに、藤井靖さんは、 というように少なくとも過去2回、チコちゃんの番組に登場されているが、率直に言わせてもらえば、2回とも到底納得できるような内容ではなかった。

 前置きが長くなったが、藤井靖さん&ナレーションによる解説は以下の通り。
  1. 失恋すると海が見たくなるのはお母さんのおなかの中、つまり胎内に似ているから、と言われている。
  2. そもそも失恋するとその悲しみが引き金となってストレスを受けることで副腎からコルチゾールが分泌される。コルチゾールは腎臓の上部にある副腎から分泌されるホルモン物質のことで、ストレスに対抗するため血圧や脈拍を上げ、脳を活性化してくれる働きがある。
  3. コルチゾールが分泌され続けると体内のホルモンバランスが崩れ、その結果、うつ病のリスクが高まる恐れがある。
  4. これを防ぐために人間の心理は『胎内回帰願望』をいだくとも言われている。『胎内回帰願望』とは母親の胎内、お腹の中に戻りたいと思う願望のことで、アメリカの研究によると人間は本能的に母親の胎内・羊水の状態を覚えている。ストレスを感じるとこの胎内に戻りたいという心理状態になるというふうにも言われている。
  5. アメリカの臨床心理士・医学博士のロン・ハキ(Ron Haki)の研究『The Love that wasu't! A study of personal hurts.(存在しなかった愛! 個人的な傷についての研究』【こちらに関連コメントあり】によると、ストレスの多い患者に催眠で深層心理を聞くと、「胎内に戻りたい」、「母親に会いたい」などの答えが返ってきた。
  6. この『胎内回帰願望』をかなえてくれるのが海。実は海と胎内は非常に似ている。
    • 音:あまり風の無い穏やかな海の音は母親の胎内の音に似ている。
    • 揺れ:寄せて引く波は視覚的、適度に吹く風は身体的に、胎内と似たような揺れを感じさせる。
    このように海が胎内に似た環境のため、ストレスを抑えるために海に行きたくなる。
  7. さらに海は失恋から立ち直るのにも適している。失恋から立ち直るためには『未完の感情』を終わらせることが大事。『未完の感情』とは「まだやり直せるかも」、「もっとこうしていれば」といった恋が完結していない未練・後悔のような感情のこと。この感情が続くとやはりストレスがかかり続け、コルチゾールがずっと分泌され続ける。
  8. 未完の感情を終わらせるためには、その気持ちにちゃんと浸って次を向いたりその感情を表現することが大事。藤井さんが行った実験によれば、悲しい小説を読んだあとに、
    • 30分誰とも話さない
    • 感想をシェア
    という2条件でストレス値を比較したところ、感想をシェアした群のほうが唾液中のストレスホルモンが減少し、ストレスが下がることが確認された。
  9. 友だちに愚痴を聞いてもらうことも未完の感情の完結に有効であるが、未完の感情を終わらせるためにはそのことだけを考える環境が適している。集中するにはガヤガヤした街中はもってのほか。山や森の枝のこすれる音は不規則な音なので集中の妨げになる。いっぽう海はお母さんの胎内に似ているのでリラックスできて雑念が入りにくい。
  10. 失恋した時に行く「海」の条件としては、
    • 穏やかな海:荒れた海では危機感が働きリラックスできない。冬の日本海よりも太平洋。太平洋でも湾内のほうが荒れにくいので、関東近郊だと『相模湾』がオススメ。
    • 夕方までの海:前頭葉は夜になると感情的になるので、落ち込まないよう、未完の感情と向き合うのは夕方までがオススメ。

 放送ではさらに、神奈川県・逗子海岸で失恋をした人のストレスチェック【唾液中のストレスホルモン測定】が行われたが、冬の寒い海岸ということもあり、失恋して海に来ていた人は誰も居なかった。9時間の空しい調査のあと番組スタッフのストレスチェックを行ったところ、大変なロケが終わったことでストレス値が下がったという無意味な結果が得られた。




 ここからは私の感想・考察を述べさせていただくが、失恋に限らず、何かの失敗や挫折をした時などに海を見に行くこと自体は悪いことではないと思う。しかし、山や森や草原や川(滝を含む)などに比べて、穏やかな海のほうが有効であるかどうかは証拠が不足しているように思う。藤井さんは「山や森の枝のこすれる音は不規則な音なので集中の妨げになる」と言っておられたが、いつもそんな音がしているわけではない。また川の流れや滝の音にはそれなりの効果があり、日本庭園でも人工の滝や川が作られている。『胎内回帰願望』ばかりに囚われていると、海以外の場所でのストレス低減効果は否定されてしまうことになるが果たしてどうだろうか。
 上にも述べたが、山や森や草原や川にもそれぞれ癒やし効果があることを考えれば、『胎内回帰願望』という基準ではなく、他の場所を含めた包括的な癒やし環境について研究を進めるべきであろう【例えば『森林セラピー』とか『滝行』とか枯山水庭園での瞑想とか】。

 いずれにせよ、『胎内回帰願望』というのはごく一部の心理学者、あるいは哲学者、精神科医師などが口にしているだけで、心理学の定説とは言いがたい。チコちゃんの番組では時たま視聴者を喜ばせるために奇を衒った「正解」が披露されるが、公共放送としては、諸説の中の一部だけをあたかもそれが唯一の正解であるかのように紹介するというのはいかがかと思う。今回の「なぜ失恋すると海が見たくなる?」に対して、ゲストの八木勇征さんは「自分の悩みがどれだけ小さいかを、自分より大きいものを見て確認している」と答えて「ボーッと生きてんじゃねーよ!」と叱られており、もう一人の島崎和歌子さんも「海って壮大じゃない? 果てしなく広いしそんなところにいると自分なんて本当にちっぽけだから」と答えていたが、このお二人の回答が間違っていて藤井さんの解説のほうが正解であるとは全くもって断言できない。どこぞの大学教授がこう言ったというだけでその主張を無批判、一面的に受け入れてしまうのはあってはならないことだ。ま、視聴者の皆さんも大学教授が言ったというだけではそんなに信用してはいないと思うが。